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まっちBOX Street 10 掌編小説

まっちBOX Streetという掌編について


1995年から2001年まで、福井県の無料自動車情報誌に連載していたものです。
当時のデータがあり、そのままの形で転載します。だから古い車やタバコ吸っていたり、スマホじゃなく携帯だったりしますが、そのままお楽しみください。
73編あるのでぼちぼち公開します。


No.10 ソロ・ライダー

 ブレーキをかけながら、ぽんぽんとギアを落とした。バイクが暴れ出さないように抑えながら、コーナーに進入する。リアがグリップとスライドのあいだで揺れているのが分かる。
 アクセルをゆっくりと、それでいて充分に素早く開ける。エンジンが唸りバイクが加速する。フロントがふっと軽くなる。
 次のコーナーが迫っていた。そのままのスピードで進入し、思い切りねかしこむ。視線は、出口から次の短いストレートへとさまよう。
 道の向こうに海が見えた。
 革パンツとジャケットを通して春の暖かさがしみ込んでくる。それ以上にバイクを操る喜びに体が弾んでいる。
 減速し、コーナーを抜けると休憩所があった。止まっていたライダーたちが、いっせいに笑顔で手を振り上げた。どこかのツーリングクラブだろう。    オフロード車もオンロードも、克彦と同じレーサーレプリカもいる。
 克彦は小さく手をふりかえし、バイクの一団の前を通りすぎた。気恥ずかしいような、嬉しいような気分だった。

 もう少しで半島の先というところで、道は終わっていた。小さな漁村の外れの、錆びた自動販売機のある小さな広場が終点だ。
 岬の先端に行くには、そこから海沿いの海岸線を歩いていくしかない。海岸線は岩場が続き、波が小さく洗っていた。
 克彦はゆっくりと煙草を吸い、缶コーヒーを口に運んだ。潮の香りが胸に広がっていく。いつもの風景が、気持ち良かった。
 この季節は気持ちがいい。夏になれば海岸線は海水浴客の車が続き満足に走れない。そうなれば、山道を走るしかない。秋もいいが、なんだか寂しくなるのだ。その点、春はこれからシーズンだと思うと嬉しくなる。バイクも、長い冬から開放されてうずうずしているようにすら感じるのだ。
 後ろにバイクの音がした。
 振り返るとさきほどの集団だった。色とりどりのバイクに色とりどりのライダースーツ。鮮やかな色が美しい。
 広場の一角にずらりとバイクが並ぶ。
 男女混合のクラブらしい。ヘルメットを脱いだ一団からは華やかな笑い声がする。
 「どうも、近くの方ですかぁ」
 あごひげをたくわえた男がにこにこ笑いながらやって来て言った。
 「いや、県内だけどね。ここから家までは百キロほどあるよ」
 「そうですか。ここ、いい所ですよね。去年はここで野猿を見ましたよ」
 男はたばこを出した。克彦はジッポーを差し出した。風のなかで、ちりちりと芯をこがしながら炎が揺れた。
 「でも、速いんですねぇ。うちの速いのがすぐに追いかけたんだけど、追いつけないってぼやいてましたよ」
 それは、たぶん彼自身のことだろうと克彦は思った。彼は、まだ体のなかにバイクで誰よりも速く走りたいという血が残っているに違いない。
 「ここは、走り慣れてるから」
 男はうんうんとうなずいていた。クラブのメンバーの何人かが集まってくる。
 速い奴がいる。気難しい奴でもないらしい。それじゃ、話してみようか。どんなバイクに乗っているんだろう。そんな興味で集まってくるのだ。あとは、お決まりのバイク談義に花が咲く。
 克彦もそんなおしゃべりは嫌いではない。でも、なんとなく疲れるのだ。
 「いつもひとりで走ってるの」
 「ええ」
 克彦はうなずいた。
 「さみしくないですか」
 これは、女の子の意見だ。
 「別に。バイクってもともとひとりのものでしょう。それに気楽だし」
 そんなものかなと女の子が呟く。そんなものだよと誰かがいう。
 「これから、予定あるの」
 「いや、帰るだけ」
 「僕たちはこれからもどって、温泉によるんですよ。ほら、海岸線の公共温泉。よかったらご一緒しませんか」
 「ありがとう。でも、いいですよ。走ってるほうが性にあってるし」
 「そうですか」
 ひげの男はそれ以上何も言わなかった。彼も克彦が一緒にくるとは思ってなかったに違いなかった。
 彼も本当は、ひとりで走りたいライダーなのかもしれないとふと思う。
それから二人はぼんやりと海を見ていた。にぎやかな一団は、漁村になにかお土産になるものはないかと歩きまわっていた。

 バイクの一団がエンジンをいっせいにかけると、あたりの空気が震える。いくら平和なクラブでも、バイクが目覚めるとそれなりに迫力がある。
 バイクはそれ自体戦闘的なのだ。走るために作られている。車は、いろんなものが組あっている。目的が違うのだ。車は走るのではなく動くと言ったほうがいいかもしれない。もちろん、走るための車もあるけれど。
 広場から一台一台バイクが出ていく。誰が決めたのでもない順番で、規則正しく。左車線を真ん中、端と互い違いになって走る。浜辺を千鳥が付けた足跡に似ているところから、千鳥と呼ばれている形だ。
 最後のライダーが、ちらりと振り向いて手を挙げた。克彦は応えて手を挙げた。
 それからしばらくして克彦はヘルメットをかぶった。音が聞こえなくなるわけではないが、ヘルメットをかぶるだけで別な世界に入ったような気分になる。
 ゆっくりとエンジンに火をいれ、ギアをローにいれる。目的は走ること。慌てる必要はなかった。ゆっくりと、クラッチをつないで発進する。
 お楽しみはこれからだ。

 バイクの一団に追いついたのは、半島がもうすぐ終わりと言うところだった。なぜか、スローペースだった。もうとっくに半島を出ていてもおかしくないのに。
 後ろのライダーが克彦に気づいて道を空ける。軽く挨拶をしながら、抜いた。スローペースなので千鳥は詰まっている。それでも、克彦はすいすいと前に出ていった。遅ければ抜く。それだけだ。
 先頭を走っていたのは、ひげの男だった。目の前の車のの遅さに不機嫌そうだ。なにが原因で遅いのか克彦には分からなかった。車の列が目の前にあるだけだ。
 ひげの男も、いつもだったら軽く車の前に出ているのだろうが、今日は我慢しなければならない。それが辛そうだった。
 克彦は構わず前の車を抜いた。
 曲がった道は前が分かりにくいが、抜くポイントは車よりはるかに多い。
五台ほど抜いたところで原因が分かった。暴走族がいる。車線をふさぐようによたよたとスラロームしながらエンジンをふかしている。音ばかり大きい。
 克彦はおかしくなった。このコースでそんなものを見たのは初めてだった。きっと、陽気に浮かれて遠征してるのだ。
 彼らも、一種のクラブだとおもう。仲間と一緒に行動するクラブだ。彼らが違うのは、うるさいことと目だとう精神だ。良い意味で目だつのではなく、どんな形でも目だって優越感を感じることが重要で快感なのだ。
 でも、そのうちに自分たちはこうしなければならないとか、これがかっこいいととかで自分を縛っていくのではないかと克彦は思う。そんなものは自分にはいらない。
 僕はソロライダーだ。走り屋でも、峠族でもない。好きな道を好きなように走る。
 克彦は、コーナーで前の車を抜いた。
 暴走族はたった2台だった。二人乗りでエンジンをふかしているのが一台。もう一台は、見るからに改造車。ヘルメットもかぶらず、蛇行している。
 かれらは、後ろから現れたバイクが気になるようだった。ちらちらと後ろを見る。
 二台のバイクの動きは単調だった。克彦はかまわずアクセルを開けた。
バイクのあいだをすり抜ける。
 あっこの野郎とか、ちくしょうとか声が聞こえた気がした。
 そのまま、一気に加速しながらちらりとバックミラーを見る。二台が追いかけてくるのが見えた。

 追いかけてくる二台は必死みたいだった。目の前に自分たちを無視していったバイクがいるのが許せないらしい。
 克彦は相手のペースに合わせて、スピードをコントロールすることにした。あまり飛ばしすぎて事故っても困るが、ついてこれないようでも困る。
これで、後ろの渋滞もなくなるはずだ。あのバイクの一団も急にスピードアップした車の流れに、ホッとしているのではないだろうか。
 なんだかおかしかった。
 めったに車の来ない道へと二台を誘い込む。案の定、暴走族はついてくる。もう少しで追いつけると思っているのだ。
 ヘルメットのなかで克彦は笑った。
 もう大丈夫。
 克彦はアクセルを開けた。目の前にはワインディングロード。もう、誰も追いつけない。


No.10 ソロ・ライダー 1996年4月


恥ずかしながら、ほぼ、ほぼ実話です。美化150%ですね。
えー、そんなに早くないですけどね。知り合いのバイク屋さんのクラブは、とんでもなく切れてる人もいるようですが。私はバイクが速かっただけです。腕はありません。VFRに載ってた頃かな? 今は国産アメリカンライダーなんですが。
場所のモデルは福井県常神半島の旧道。今使われているのは、トンネルが出来てスムーズな道です。
後は国道8号線。2台の族車がいたのは武生(現・越前市)のはいるトンネル手前ですね。それぞれに楽しみ方はあると思うんですが、人に迷惑をかけるのはいただけないないなぁと思ってます。ちなみに東京でバイクに乗っていたころは、とにかく止まっている車の前に出るような運転で、頑張って走っていたのですが、田舎は車のペースに合わせて走る方が多くて、最初は戸惑いました。今は、車と一緒に流れに乗って走る優良ライダーです。


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