【小説】それゆけ!山川製作所 (#15 社内行事①)

どうも皆様こんにちは。
株式会社山川製作所、代表取締役社長の財前でございます。

突然ですが、皆様の働かれている会社には、直接業務とは関係のない『社内行事』なるものはございますでしょうか。

新年会に忘年会。社員旅行や休日に催されるBBQ。
会社によってはスポーツレクリエーションなんてものありますかねぇ。
行事とは違うかもしれませんが、大企業ともなれば、様々なサークルのような集まりのある会社もあるかもしれません。

全国に多くの社員を抱える山川製作所。
当然ながら我社にも多くのサークルや社内行事が存在しているんですねぇ。
もちろん全て参加は自由。
仕事の息抜きの為に設定している各種行事に対してストレスを感じられては元も子もないですからねぇ。

そんな中ね。
我社には社員の出席率がほぼ100%の『夏の風物詩』と言われている大規模な社内行事があるんですねぇ。
100%って本社の人間だけじゃないですよ?
地方の支社やグループ会社の者たちも全て含めてのことなんですねぇ。

この行事は我社が都内に所有する『YAMAKAWA DOME』を貸し切って行われるんですがね。
当然すべての社員が入りきるわけではありません。
当日会場に来れるかどうかは事前抽選によって決まるんですねぇ。
ですので大部分の社員は、泣く泣く中継で行事を見る形にはなるんです。

しかし中継であったとしても、その誰もが熱狂し、声を枯らして出場者を応援をしている。
それだけ、人気のある社内行事なわけなんですねぇ。

間違いなく、その日は山川製作所グループにとって、最も熱い夏の日となる。


そんな社内行事が先日行われたようで、せっかくならここで書かせていただこうと思ったんです。
ぜひともこのお話を通じて、我が社員たちの熱を感じ取っていただければと考えている訳なんですねぇ。

※今回のお話には、今まで登場した人物たちが出てきます。
もし、今までの話をお読みでない方がいらっしゃいましたら、ぜひとも下記より「プロローグ」へ飛んでいただけますと幸いなんですねぇ。
なぁに。14話分など、あっという間です。

 → 初めから:「プロローグ」





「皆様!大変長らくお待たせいたしました!!」


ドーム内に、明るく涼やかな声が響いた。
連日の記録的な猛暑を吹き飛ばすかのようなその声音に、内外野席を埋め尽くした観客(社員)たちは総立ちとなって応える。

普段はプロ野球チームの本拠地として使用されているこの『YAMAKAWA DOME』。その総観客席数は50,000席を誇り、名実ともに日本一のドームとして知られている。

本日、そんなドームが観客(社員)によって文字通り埋め尽くされているのだ。1席の空きもない。
そして、その者たちが一人残らず総立ちとなって声を上げているのである。

今この瞬間、世界中で最も熱量を帯びた空間はこの『YAMAKAWA DOME』であると言っても良いような盛り上がり。

そんな人々の熱量を一身に背負うのは、先ほどの声の主でもある1人の女性だった。
人間離れしたその美しさが、スポットライトに照らされている。
人々の歓声を心地よく堪能した彼女は、マイクを手に言葉を続けた。


「只今より、山川製作所『夏の風物詩』!エンジンストップ大会の開催をここに宣言いたします!!!」

彼女の宣言を受けて、突如明転したドーム内では大音量のファンファーレが流れる。
併せて観客(社員)たちも更なる盛り上がりを見せた。

拍手をする者。
力の限り声を上げる者。
さらには、どこからか持ち込んだ太鼓をかき鳴らす者。

個々の行動こそ異なるが、皆の思いはただ一つ。

『待ってました』

今、間違いなくこの広大なドームは、人間の熱気によって揺れていた。




「今年も実況を務めさせていただきますのは、総務部秘書課の立川ユキでございます!皆様、どうぞよろしくお願いいたします!」

「ユキりーん!!」と一部の男性社員から声が上がる。
全てを完璧にこなす彼女は、どうやらこの社内行事の実況でもあっても、そつなくこなしてしまうようだ。

「そして!今年も解説者をお呼びしております!まずはこの社内行事の生みの親にして初代チャンピオン!言わずと知れたエンジンストップレジェンド!黒川専務っっ!!」

ユキの紹介を受けて、黒のダブルスーツを着こなす壮年の紳士が軽く手を上げる。
それだけで、彼の醸し出す大人の色気に当てられた女性社員たちが次々と倒れた。
そしてすぐに担架で運ばれていくが、これも毎年恒例の光景だ。

「皆ご苦労。今年も開催できたことを嬉しく思う。この大会、一番の敵は己自身となる。己の限界に挑戦し続ける者たちの戦いを皆で見届けようではないか」

黒川専務の熱き言葉に、会場のボルテージは最高潮に達した。

「黒川専務ありがとうございます!続けて、今年はもう一名解説者をお呼びしております。この栄えある解説者という役目ですが、黒川専務より「新しい風を」と進言があり実現したサプライズ配役になります。営業部営業一課の麒麟児!新入社員、浜川莉子ぉ!」

「あの、急に連れてこられたんですけどなんですか!?そもそもエンジンストップ大会って何!?」

「浜川さんも初めての大会に相当テンションが上っているようです!楽しみですね!」

困惑した莉子の態度はユキの実況によって流された。


しかし、莉子のような新入社員の中には、この『エンジンストップ選手権』の内容を知らない者がいるというのも事実である。
簡潔ではあるものの、実況者のユキから選手権の概要が説明される。


「莉子さんのように、新入社員の方々にはいまいちピンと来てないようですので、今一度概要をご説明いたします!とはいえ非常に単純明快!最近の車にほぼ実装されている、信号などで停車した際にエンジンが止まる機能、すなわちエンジンストップ!このエンジンストップをいかに長く続けられるか!その時間を競う大会であります!」

「そんなんでこんな熱くなってのかあんたら!?」

莉子の叫びは観客(社員)たちの歓声によってかき消された。


「さぁ、今回は浜川さんを加えたこの3名で熱き戦いをお届けしたと思います!黒川・立川・浜川で『川川川トリオ』ですね!」

「おお。気づいたかね立川君。おそらく、この場で一番戦慄しているのは財前の奴だろう。苗字に『川』をつけすぎたとね。ははは、しばらくしたら誰か苗字が変わっているかもしれないお」

「え!?急に何言ってるんです!?てか語尾!!」

「実況席も盛り上がっています!!」


他愛ない実況席のやり取りでさえも、今の観客(社員)たちにとっては更なる興奮を誘う起爆剤となる。
その一言一言に呼応する光景は、まるでうねる波のようだ。
あまりの歓声とその熱量に、空間が霞むような錯覚さえ覚える。

すでに会場は十分に温まった。
一つ頷いたユキが右手を掲げると、再びドーム内は暗転する。

声を上げていた観客(社員)たちもピタリと静かになった。
毎年参加している者たちは知っているのだ。

『ついに始まる』……と。



会場が静まり返る中、ユキは実況席から立ち上がると、フィールドの中央に向かってゆっくりと歩き出した。
スポットライトが歩を進める彼女を追っていく。


照らし出された彼女の表情はどこか厳しかった。
まるで、その様相は大きな戦場へと向かう歴戦の兵(ツワモノ)。
しかし、決して目線を下げることはなく、繰り出す足取りも確かなもの。


その一挙手一投足を会場内の50,000人が、否、画面の向こうにいる者たちを合わせた山川製作所の全社員が注視する。


彼女はやがて立ち止まると、祈るように自らの手を組み、目を閉じて天を仰いだ。
……より一層の静寂が訪れる。


まるで天使が神に赦しを乞うような。
はたまた、聖女が戦士の無事を天に願うような。


そんな彼女の神秘的で静謐な光景に、誰もが呼吸を忘れ、くぎ付けとなる。


大きく息を吐いた彼女は目をゆっくりと開き、静かに語り始めるのだった。



「或る者は言いました」

「他者と争う者は幸運であると」

「なぜならば、そこには勝敗という結末がある」

「終わりのない戦いはない」

「やがて、一方が力尽き、そこには終わりが約束されているのだと」



「或る者は言いました」

「己と戦う者は不運であると」

「なぜならば、そこには勝敗という結末がない」

「今日の自分に勝ったところで、一回り大きくなった明日の自分が待っているだけ」

「命ある限り、格上と戦い続ける運命なのだと」



「ただ、或る者はこうも言いました」

「己と戦う者は強者であると」

「なぜならば、そこには限界という結末がない」

「結局のところ」

「終わりのない挑戦に身を投じ続けられる者しか勝たん」



「ならば!!」

ここで、ユキは天へとその手を伸ばす。



「超えてやろうじゃないか!己の限界を!」

「超え続けてやろうじゃないか!己の極限を!」



「本日私たちは歴史の目撃者となる!参加総数3,587名からなる予選を勝ち抜き、この聖戦へと駒を進めた3名の猛者の登場だ!!!」



ぐっと拳を握りしめたユキに合わせるように、会場は明転し、至る所から特攻の爆発音と、けたたましいファンファーレが鳴り響く。
意識が薄れるほどの膨大な歓声が降り注ぐ中、それでもユキは自身の役割をこなさんと、声を張り上げた。

「まずはこの人!資材部調達課の若きエース!!座右の銘は『とにもかくにもスマートに』!須藤健一ぃぃっっ!!!!」

勢いよく噴出したスモークの中から、タイトなスーツに身を包んだ青年が現れる。今日はベストも着込んでいるようだ。

「今日の俺のソール(靴底)は、いつも以上に硬いぜ?」

健一の一言に、会場中が沸く。
彼は手にしたマイクを足元に添え、硬い靴底がかき鳴らす音色(足音)をドーム中に響かせながら花道を歩いていく。

「かつて彼は言いました『スマートな人とはとにかく硬いソールの靴を履き、歩く時にはとりあえずコツコツと足音を鳴らす者のことだ』と。まさにスマートの申し子!黒川専務いかがでしょうか!?」

いつもの間にか実況席に戻ったユキが、すかさず黒川専務へと話を振った。

「ブレーキペダルを踏む足裏の感覚が重要なこの競技の中で、硬度のある靴底にこだわり、逆境を跳ね除けこの決勝へ進出するとはまさにあっぱれ。エンジンストップ歴は短いようだが非常に期待と好感が持てる」

「ありがとうございます!莉子さんはいかがですか?」

「あれってスマートなんですかね……」

「はい!ありがとうございました!続いて2人目の登場です!営業部一の真面目人、田中正ぃぃっっ!!!!」

「は!?課長!?」

同じくスモークの中からは、莉子の上司でもある田中課長が現れた。
彼は四方に綺麗なお辞儀をし、ピンと背筋を伸ばして花道を進む。

「実は田中課長、今回が初めての参加となるのですが、予選では圧倒的な実力を発揮し、見事一位通過ということです!どうしてそんなに強いのか?彼は言いました。『私は大会のルールに従っていただけです』と。正真正銘の天才です!!」

「課長!!ほんとあんた何してるんですか!!」

「骨のあるやつが出てきたなって感じだな。トレーニングでは鍛えられない先天的な能力が彼には備わっているのだろう」

「お二人ともありがとうございます。それでは、最後3人目の紹介をいたします!唯一本社以外からの参戦者!神奈川支社の営業部営業一課所属、大星飛雄馬(オオホシ ヒュウマ)!!!!」

今までと同様に勢いよく噴射されたスモークの中から飛雄馬が現れる。
しかし、彼が姿を見せた瞬間、会場中の誰もが言葉を失うこととなった。

「な……!?」

いた口が塞がらないとはこのこと。
実況者のユキでさえ、己の仕事を忘れただただ彼を見つめることしかできない。

山川製作所の入社10年目の大星飛雄馬。
見た目は健一とそう変わらない細身の体ではあるが、明らかに一般人と異なる部分があった。


右足だけが異様に太く発達しているのである。


通常のスラックスでは足を通しきれなかったのか、生地が右股の付け根から破られており、足の肌が露出している状態であった。

「できることやった。あとは己を信じるのみ」

飛雄馬は小さく呟くと、カッと目に力を入れて花道を進み始める。

「こ、これはどういうことなのでしょうか!?大星選手、右足のみ異様に発達しています!左足の3倍はありますでしょうか!?」

驚くユキの隣で、黒川専務は冷静に彼についての分析を始めた。

「……ふむ。実は私も左足よりも右足のほうが少し太くなっている。この競技は簡単に言ってしまえばブレーキペダルを踏み、動かさないということに尽きるのだが、その際、足は多少浮かした状態となる。自然と右足が鍛えられるのだよ」

黒川専務の解説に会場中がどよめく。
そして皆理解する。
飛雄馬の右足は途方も無い訓練を続けた末の結果なのだと。
なおも黒川専務は飛雄馬の異常性を語る。

「とはいえ、ここまで鍛えるのにどれほどのトレーニングが必要なのか。残念ながら私には想像もできない。常人では数年単位でできることではないはずだ。……彼は間違いなく今大会の優勝候補だろう」

「……なんかキモくないですか?」

「はい!ありがとうございました!」



決勝出場者3名の紹介も終わり、競技開始の時間が迫ってきた。
この大会ではブレーキに細工ができないよう、大会側で用意された車が使われる。もちろん性能の差も出さないために同じ車種である。

「スマーティングポジションOK!」
「バックミラーが少し高いですかね……」
「……ふぅぅぅ」

3名はそれぞれ車に乗り込み、思い思いに精神を統一させていく。

十分な時間が取られ、ついに各車のエンジンがかけられる。
エンジンストップはしばらく走ってからでないと機能しない為、3台は並んでドームを一周した。

そして、各々定められた停止位置に到着する。



「ドドドドドドドドド・・・・・・・スゥン」




きれいに3台が同時にエンジンストップする。


「さぁ!ついにエンジンストップしました!これから始まる3名の熱い戦いから目を離すなっ!!」


「何この茶番!?」



ついに戦いの火ぶたが切って落とされた。


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