【小説】それゆけ!山川製作所 (#19 財前の独り言)

どうも皆様こんにちは。
株式会社山川製作所、代表取締役社長の財前でございます。

いかがでしたでしょうか。
大会を通して、我が社員たちの持つ「熱」を感じ取っていただけましたでしょうか。

営業部営業一課の田中課長が優勝という形で幕を閉じたこのエンジンストップ大会。
いやぁ、今回も様々なドラマが生まれたこの大会ですが、実は今回で記念すべき10周年目を迎えたんですねぇ。
そんな節目に大会記録を更新するという最高の結果が出ました。
黒川の奴も大いに満足しているようでしたねぇ。


本文中でも触れたんですけどね。
この大会の立案者は、黒川なんですねぇ。

10年前。
私がまだ社長として右往左往している頃です。
あらゆるプレッシャーに押しつぶされそうになりながら仕事をしていると、奴は突然息を切らせて社長室に飛び込んできたんです。
そしてこう言ったんですねぇ。



『エンジンストップ……!これは、くるぞ……!!』



……急にどうした?って思いましたねぇ。

だってそうでしょう?
ダブルスーツを着たダンディズムおじさんが血相を抱えて部屋に飛び込んでくるんです。
今思い出しても迫力がありましたねぇ。
ドラマや映画のワンシーンのようでした。
黒川のあまりの慌てように、私は弊社で大きな不祥事でも発覚したのかと思いましたよ。


ただ彼が言い放ったのはエンジンストップ。

私は大きく深呼吸をし、手元の書類束を脇に寄せ、説明を求めました。
あまりにも彼が真剣な雰囲気だったものですから。

そうしたら、大会を企画したいって言うんですねぇ。
ただただエンジンストップの長さを競いたいんだとか。
しかも弊社が都内に所有する『YAMAKAWA DOME』で。


私、大笑いしちゃいましてねぇ。


いや皆さんこれね。
当時の私はかなりピリピリしていて、正直接しづらかったと思うんです。
実際、業績に関して良くない報告が来れば感情的になってしまう場面もありましたし、要領を得ない内容に対して「で?結論は?」とか途中で挟み込んじゃうタイプの人間になってましたからねぇ。

とにかく、当時の私に必要以上の会話を交わしてくる人間なんていなかったんですねぇ。
黒川の奴、そんな私によくエンジンストップなんて提案ができたなと今でも思ってるんです。

ただね。
シリアスな黒川と発した言葉のギャップにやられちゃいましてねぇ。
いやぁ、あれは本当に滑稽でした。
あんなに笑ったのは久しぶりでしたねぇ。

もちろん、黒川の表情やその真剣さに気づくことができたのは、今まで積み上げてきた彼との信頼関係があったこその結果だと思うんです。
黒川以外の者であれば、私は相手を良く観察することもなく、言葉のみを拾って一蹴していたでしょう。
いやぁ、話す時って相手の言葉だけ拾っていればいいわけじゃないんですねぇ。

でね。
そんな黒川を見ていて思い出したことがあったんですねぇ。


『遊び』に本気の人間はかっこいい。


どんなふざけた内容であれ、本気の人間っていうのは輝いて見えるものです。
世間では馬鹿らしいと言われてしまうようなことに、本気で取り組む。
私、そんな人達に対して尊敬の念を抱いてしまうと同時に、かっこいいなぁと思ってしまうタイプの人間なんですよねぇ。

エンジンストップ大会の説明をする黒川はまさにそれで、本当に輝いてましてね。
正直何がいいのかわかりませんでしたが、そんな黒川の熱に押されて私はGOを出したわけです。


しかし、さすがは黒川。
このエンジンストップ大会は、結果として多くの社員を夢中にさせる『夏の風物詩』と言われるまでに成長しました。
今となっては、そのエンジンストップの奥深さに私も夢中になってしまった人間の1人なわけなんですねぇ。

私ね。実は誇らしいんですよ。

こんな小さなことであっても同じ事に夢中になれる人間が我社にたくさんいるということが。
1つの組織に属した人々で、こんなにも一体感を出せることが。
どんなことであれ、これだけ多くの人間の心を1つにするってなかなかできることじゃありません。

私は、そんな人々が山川製作所の社員として働いてくれていて心から良かったと思っているんですねぇ。
皆とならば、私はどこまでも行ける気がしているんです。
こんな強い組織は他にはないと思ってしまっている。


これ不思議なんですけどね。
社員たちが夢中になっているものが、世間から見ればなぜ夢中になるかわからないようなことであるからこそ、私は彼らにここまでの心強さを感じているんだと思います。


多くの社員がサッカーに夢中。
多くの社員がエンジンストップに夢中。


なんか、社員がエンジンストップに夢中な会社の方が底知れぬ力を感じませんか?
独特の感性が光るオンリーワン企業的な。
得も言われない恐怖にも似た、理解できない凄みを感じると言うか。
うーん。私だけですかね?

黒川は恐ろしく仕事ができる奴です。
もしかしたら、こうなることまで予想して私にエンジンストップ大会を提案したのかもしれませんねぇ。

これから先も、末永く開催ができればいいと思っています。




それでは、今日はこの辺で失礼いたします。
これから黒川の奴と打ち合わせなんですねぇ。


観客(社員)に支給する弁当をなぜ勝手に某高級焼肉店の弁当に変更したのか。
とことん話し合わなければならないので。


<END>


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