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人間関係の断捨離は資産形成にもプラス

今日は人間関係の断捨離の大切さについて話をしてみたい。

先に前提ですが、私はもともと大勢でワイワイしたり、たくさんの友達と広く付き合うのが苦手で、学生時代もいつも決まった2-4人のメンバーで一緒にいたタイプです。

たくさんの友人と関係を築くのが好きなタイプの人もいるでしょうし、大勢でいるほうが活力や幸福感を得られる人もいるでしょう。

そういったタイプの人にはちょっと合わない話かもしれないですが、今回は自分のようなタイプの人間に対象を絞ってお話ししてみたいと思います。

結論から言えば、以下の2つの条件に当てはまる人間関係以外には時間やお金を使わなくてもいいかな、と思っています。

①ある程度の年数、継続的に関係が続いていく見込みがある

②一緒に過ごしていて精神的な充足感が得られる(実際的なメリットではない)

まず①について。
当たり前かもしれませんが、1-2年後には会わなくなるような人に労力を割いて関係を築く必要はないのかなと。

職場でも、仕事上の礼儀やリスペクトは持つべきだと思いますが、数年以内にはどちらかが異動になったりするものなので、必要以上にランチや飲み会で親密な関係を築こうとしなくても良いと思っています。

家族や「この人とは一生付き合っていきたい」と思える友人、知人には、多少お金をかけてでも会いに行くし、時間も最優先で使いたいなと思うのです。

次に②について。
個人的にはこれが結構大事かなと思っています。

例えば10代の頃の女子のグループを想像してみると分かりやすいのですが、彼女たちの多くは、同じグループの友人と一緒にいることで実生活上のメリット(クラスの人間関係からアブれないで済む、そのグループにいることが自分のブランディングに繋がる、など)を受けられるから一緒にいます。

心から相手といるのが楽しいから一緒にいる、という子がいたら、それはとても幸せなことでしょうし、実際はそんなことばかりではないかと思います。

私自身も、最近反省したことというか、見直した人間関係があります。

中高時代の友人で、その頃から同じグループにはいたものの、個人的に彼女のことがすごく好きだから一緒にいたわけではなく、なんとなく成り行きで仲良くなった友達がいます。

高校卒業後は2-3年に1度会うくらいで、それでもよくわからない義務感で、連絡を取る機会があれば「会おう」と誘い、相手からも誘われれば会うようにしていました。

実際、会っても「楽しかった」と満たされることはなく、ただ、「ああ、これで中高時代の人間関係を維持することに成功した」と思うだけでした。

その子から先日、「来年、結婚式に招待するからね!」と声をかけてもらったのです。

その時に、もう会うのはやめようと決めました。
お分かりになるかと思いますが、直接の要因はご祝儀です。

ご祝儀1万円くらい、友達の結婚を祝うためならなんてことないのですが、それは本当に心から好きな友達の場合です。

だけど、結婚式に誘われた時の私はこんな風に思ったのです。

「2-3年に一度、会いたくもないのに義務感から会い続けて、楽しかったことは一度もない。

だけど友人関係を続けたことで、ご祝儀を払う必要は出てきてしまった。このご祝儀によって私たちの関係は深まるだろうか。たぶん、そんなことないだろうし、むしろ払えば後悔するだろう。

そしてそもそもそんなことを考えてしまう相手は初めから友達じゃなかったのでは?

彼女と会わなくなることで中高時代の友人たちの集まりに顔を出しづらくなったとしても何か困ることがあるのか。

元々集まりに顔を出すこともなかったし、会いたい人には個人的に会う。

だったら彼女の結婚式には行かなくていいや!」

こんな感じでした。

そして私は彼女の結婚式に行くことをやめました。つまり、彼女との人間関係を終わりにしました。

逆のパターンもあります。
大学時代の友人で、とても仲が良い子がいます。
彼女とは、お互い色々な環境の変化があっても、彼女の人間性自体が好きなので、会うだけでホッとするし嬉しいし、遠方に住んでいるけれどなるべく会いに行きたいし、彼女が困っていたら一番に何かしてあげたいと思います。

限りある自分の人生です。
そういう相手に使うお金や時間を取っておくために、惰性で続けている人間関係は少しずつフェードアウトさせていく、それが自分にとってはいいのかなと感じました。

そう思うと心も軽くなり、身近な人に優しくする余裕も出てきました。

他人をぞんざいに扱うというわけじゃなく、他人への礼儀とマナーをわきまえつつ、自分の大切な資産は本当に大事な相手に優先的に使うようにしたい…そんな話でした。

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