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美しい終末系『此の世の果ての殺人』荒木 あかね【読書記録:002】

noteを書こうと思ってから、積読してた本たちをどんどん消化中です。(むしろ積読しててごめんなさい…。)
2冊目は、第68回江戸川乱歩賞受賞作になります。

以下感想になります。
※一部内容ネタバレあります。


簡単なあらすじ。

本作品は、いわゆる「特殊設定ミステリー」というものになります。
20xx年、地球に巨大な隕石が墜落すると公表され、世界中が大パニック。あと数か月で滅亡する未来が決定している世界で、人々は混乱し、絶望し、自ら死を選ぶ者も現れ始めます。特に、巨大隕石の衝突予測地点である九州地方は、生きている人間を見つけるのが難しいほど。
そんな中、何故か自動車の教習所に通う『ハル』と、何故か教習所に残っていた指導員『イサガワ』が、教習車のトランクから“明らかに他殺された死体”を見つけるところから物語が進んでいきます。

世界が滅びるのに、車の練習???
世界が滅びるのに、人を殺す??????

序盤から展開されるちぐはぐなシュールさと、終始流れる孤独で寂しい雰囲気。(本書の中でも出てくる表現ですが、そういうのを「寂寥感」というらしいですね。)
そして、世界滅亡の中心地で出会う個性豊かなキャラクターたち。根底がものすごく暗いテーマだからこそ、一層個々が輝き、愛着が湧いていきます。
勿論ミステリー小説ですので、こんな特殊な環境下で一体誰が殺人事件を起こしたのか?という謎解きも楽しめます。が、
人類滅亡系にありがちなゴタゴタパニックは何処へやら、終始何とも静かで幻想的な雰囲気に包まれた、美しい作品です。

続きまして、登場人物にフォーカスして見ていきます。

まずは、主人公についてです。

皆さんは、「急に数ヶ月後に世界が滅亡します」と言われたらどう思いますか?
私だったら超絶パニックになるかも。自死を選ぶのかな。
ただ一定数の人は、どこか現実感が湧かず、変に冷静なまま、終わりの日までいつもの日常を過ごしていくような気がします。「冷め」や「諦め」の感情に近いかもしれません。主人公の『ハル』もそういう人物の1人として描かれています。(彼女自身がそう自己分析している描写が多々ありました。)
世界の滅亡が決まり、母親は失踪、父親は首吊り自殺。数少ない友達は皆死に別れ、唯一生きている弟は部屋から引きこもって出てこない。気が触れてもおかしくない状況なのに、あまりに非現実的過ぎるが故に、一周回って達観しまくっています。逆に怖い。
ただ物語を読み進めていくと、そんな「諦めの心情」の裏に、こんな酷い環境の中でも(こんな環境だからこそ)、自分のやりたいことや信じたいものの為にストイックに取り組む「芯の強さ」が見え始めていきます。
人一倍芯が強くて、他人思いで、自分の家族を守る為なら全てを捨てる覚悟がある。とても人間味のある主人公です。彼女自身は物凄く自己評価が低いけど、全然そんなこと思いません。とても格好よく、強い女性。『イサガワ』先生に「変わった子」と言わせ、とても気に入られたのも、こういった強さが故でしょうね。

物語の最後に、彼女が本当に望んでいた夢を語ります。
世界滅亡の前にはちっぽけに感じる夢。ですが、彼女は最後まで夢から逃げず、自分の本当にしたいことを実現するために、車を走らせます。
かなりあっさりとした描写ですが、自分の芯を貫いた彼女の締めとして美しく、多くの読者の涙を誘ったのも納得しました。

続いて、主人公の"バディ"について。

「変わっている」のは『ハル』ちゃんだけではありません。『イサガワ』先生も相当の変わり者です。
というか正直言って、この物語の中でも犯人に比肩する上位の異常者だと思います。

彼女も「芯の強い」女性であることには変わりませんが、その芯の在り方が特殊。彼女は、自身の思い描く「正義」という信念に従い行動しますが、責任感からくるものというより、かなりエゴイスティックな考えによるものです。
彼女にとって、自分の「正義」に外れるものは全て「悪」であり、どんな手を使っても滅さなくてはいけないものとして考えています。
『ハル』ちゃんのストイックさにも通ずるところはありますが、その度合いはかなり振り切っており、自制の働く一線を優に超えてしまっています。

滅びゆく世界の中で殺人事件が起きた際も、彼女は全てを差し置いて「犯人を罰する」ことに注力します。物語の最後に彼女に訪れる結末は、彼女の異常な執着に対する「罰」であり、ある意味では「救い」でもありました。是非皆さんの目でご確認ください。
立ち位置としては、『ハル』ちゃんと『犯人』のちょうど中間に位置する人物でしょうかね。

最後に、『犯人』について。※少しネタバレあり※

私は最初、この犯人は前の2人と共通して、「本当に自分のやりたいことを求めた」んだな、と思っていました。
『ハル』は夢の為。『イサガワ』は正義の為。『犯人』は好奇心の為。
世界の滅亡という異常事態により、自分の欲望を抑える必要がなくなった猟奇的殺人犯。
ただ少し時間が経って、ちょっと違うような気がしてきました。
完全に私の想像ですが、もしかしてこの人、世界で一番「絶望」しちゃったんじゃないか、と。

いろいろ書くとネタバレになり過ぎちゃうので割愛しますが、とにかくこの異常な環境において、守るべき社会の、ひいては人間の醜さに心底絶望したんじゃないかと思います。
社会的弱者しか狙わなかったこと。殺人行為が露呈する恐怖を抱いていたこと。これらのことから、単なる好奇心で殺人を犯したサイコパスというよりは、社会の狭間に取り残されて気が狂ってしまった哀れな人間に思えてしまいます。こんなにも非道な事件が起きているのに、何故誰も止めに来ないんだ!という虚しさ。それが本質なんじゃないかなと。

とあるシーンで、『ハル』が先生に放った「人間なんです」という言葉。もしかして、『ハル』は犯人の絶望に薄々気づいていたのでは…?
と、ここまでいくと完全に妄想なので、そろそろやめておきます。

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最後に。
ミステリーとして、とんでもないどんでん返しがある!ということもなく、終始淡々と話が進むのですが、序盤から飽きさせない異常でシュールな設定から、どこかロードムービーのような疾走感のある展開に引き込まれ続け、遅読気味な私でもかなりのスピードで読み切ることができました。
よくある終末系とはまた違った読後感になるので、幅広い層におすすめできそうな本です。

また、この本のデザインについてですが、表と裏の表紙で一つの絵になっています。とってもとっても美しいです。本屋で購入した時には、3分の1ほどを覆う帯がついていましたが、外すととある物が描かれていました。皆さんも是非見てみてください。(もはや「もう一人のバディ」です。)

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