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ぽん太の東海道五十三次歩き旅(5)小田原宿→二宮

こんにちは。ぽん太です。あれ、戸塚からじゃないの?と思われた方もおられるかと思いますが、今回は桜の時期ということもあり、少し先回りして小田原まで赴きました。

旅行記

 2022年4月2日、今日はニュースで桜が満開ということなので、花見を兼ねて小田原までワープすることに。せっかくなので、逆走になるが、東海道歩き旅も兼ねて二宮まで歩くこととした。きままな東海道歩き旅なので、こういう柔軟性もあってもよいでしょう。

 9:35 小田原駅到着。新幹線で新横浜駅からわずか15分だ。早速小田原城に向かうが、ちょうど桜が開花しており見事なこと。今年はこの数日少し肌寒いこともあって、桜は後数日楽しめるようだ。歴史で学んだように小田原城はかつて北条氏の居城で難航不落を誇ったが、豊臣秀吉の小田原攻めで北条家が敗れ、北条氏は滅んだ。しかしお城はこのように立派に復元されている。
 お堀沿いの桜並木も見事だ。

小田原城と桜
満開の桜
お堀沿いの桜並木も素晴らしい

 11時前、花見は十分堪能したので小田原城を抜け、1号線に出る。昔の風情を残した薬屋さん(小西薬局)や、ういろう屋さん(外郎)などがある。「ういろう」というと和菓子のういろうしか思い浮かばなかったのだが、実は薬の「ういろう」もあるのだ(小田原あるある話?)。

レトロな小西薬局
創業650年以上にもなる薬屋の外郎(ういろう)

 少し海を見たくなったので御幸の浜で少し休憩。朝駅で買ったかまぼこを食べる。その後かまぼこ通りなどもブラブラ散策。小田原なりわい交流館で情報収集(11:15)。
 かつて小田原宿は江戸から20里、箱根を控えて江戸から2,3泊目の宿、下りは箱根越えの宿泊客が多く、大いに栄えたそうだ。

お幸の浜。天皇行幸を祈念してネーミングされたという。
レトロな小田原宿なりわい交流館。柳も見事。

 ここから東に進む。江戸口見附跡などを過ぎ、国道1号線に合流。そろそろお腹もすいてきたころなので、小田原インターチェンジ近くの小田原タンメンで昼食(11:55-12:20)。今回初めて食べたが、なかなかうまい!

江戸口見附跡・一里塚跡
小田原タンメン

 昼食後また1号線沿いを東進すると酒匂川が現れる。酒匂川は大河なのにかつて舟渡しが禁じられ、歩いて渡る徒渡しだったそうだ。これを歩いて渡るのは結構大変そうだぞ。今日は菜の花が一面に咲いて綺麗だったので、少し河原まで寄り道。すっかり春の気分だ。

酒匂川
河川敷の菜の花と向こうに見えるのは箱根の山々
立派な門構えの社会福祉法人ゆりかご

 ひたすら交通量の多い1号線を歩くので少しバテ気味だったため、親木橋のコンビニで小休止(14:10-14:30)。
 いかにもサイクリストの服装で横でラーメンを食べておられるお爺さんに話かけてみたら、平塚から箱根まで走っていま帰る途中とのこと。また毎年正月に箱根湯本から三島までの箱根八里を一日で歩いておられるとのこと。世の中にはすごい人がいるものだ。歳とってもかくありたいと思った。 
 その後国府津を抜けると、右手に海が見えてきた。

国府津からの相模湾の眺め

 15時過ぎ間の宿の梅沢に到着。梅沢は、大磯宿と小田原宿の宿場の中間地点(間の宿)にあり、にぎわったそうだ。今は民家に立て札が残っている程度だ。そうこうしていると、左手に吾妻山が見えてきた。ここは昔年2月に菜の花を見に登ったことがあるが、とても素晴らしい景色で感動した。
 そして16:10二宮駅に到着。今日はここで終えることとする。前回帰りに風呂に寄ったのがやみつきになり、今回は藤沢にある富士見湯に浸かって帰ることに。いやあ、やめられませんな。

間の宿梅沢の松屋本陣跡。民家の庭にある。
左手に吾妻山
(おまけ)吾妻山から相模湾を望む。右手に富士山が見える(2015年2月)
JR二宮駅
藤沢の富士見湯。「The 銭湯」という雰囲気。

記録

  • 総歩数:33,330歩

  • 実際歩いた距離:20km

  • 訪れた宿場:小田原宿

  • 宿泊:なし

  • 銭湯:富士見湯(藤沢)

本日の行程

小田原から二宮までのルート

広重の絵

「小田原 酒匂川」  
ここ酒匂川のほとりでは、箱根の山々、小田原城と宿場が見渡せる。川を渡るのは大名行列の一行か。人足に肩車をしてもらったり、輩台(れんだい)に乗って担がれていったり様々な方法で川を渡っている様子が伺える。川岸には一息つく人足の集団も見られる。
今の酒匂川

(出典)

#わたしの旅行記

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