10月31日

電気ケトルを取り上げて蓋を開け、シンクの蛇口を数秒ひねる。これでちょうどマグカップ1杯分になっているはずだ。一人暮らしがこう長いと、大体の分量は手が覚えている。ケトルの蓋を閉めてカチ、とスイッチを入れる。

冷凍庫には食パンが3種類。バター、メープル、レーズン。今日はレーズンの気分かな。1Kに似つかわしくない多機能オーブンレンジにガコガコ鉄トレイを差し込むと、食パンを置いて、オートメニューの13番。この間にマグカップを用意してドリップコーヒーをセットする。封を切ると、ふわんとやわらかい豆の香りが漂う。私もすっかりカフェインホリックなのかしら。鼻の奥まですうっと入ってくるような厚みのあるこの香りは落ち着くし、毎日飲まないと物足りない。今はまだドリップに甘んじてるけれど、豆にこだわっちゃったりなんかし始めたら、深みに入って戻ってこられなくなりそう。

コーヒーの香りにうっとりしていると、ケトルがゴポゴポ……カチッと控えめに湯が沸いたことを告げる。コーヒーは始めに少し湯を注いで蒸らすといいらしいので、そうしている。束の間の静寂。オーブンレンジが小さく唸っている。彼はこの部屋の中では一番の新入りだが、そろそろ馴染みつつある。
「……ごめんね。」
何が、とは言わない。でも彼は、この部屋で、私1人にトースターかレンジとしてしか使われないはずではなかった。でも終わったことだ。

ドリップコーヒーに湯を注ぎ、パンをひっくり返し、また湯を注ぐ。コーヒーを出し切ってパックを捨て、ひと口。ふう。そろそろパンも焼けるかな。


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