最近の記事

手癖

本当は何も考えずに眠りにつきたいけど、何も考えないことも眠ることもできないから、起きてる。何か考えるくらいなら手癖で文字を書く方がいいので、かく。バイタリティが完全に消滅してるので自分の中で問題があった頃とか懐かしく感じる。本当に時間は爆速で過ぎていくということを最近意識していて、ていうか意識せざるを得ない。高校の時鬱で血尿漏らしてたのとか今となっては遠い過去のことに感じるくらい高校卒業してからは充実してた。その間実は勉強してるようで全くしてなかったけど、それでも精神的に充実

    • 鬱になりました

      1週間前くらい、プールに行って、その次の日からもう元気がなくなってしまった。 プール翌日の夜に身体全身の痒みが発症した。ヒスタミンのせいで夜も寝れずに体が痒いのを耐えた。またその翌日に完全に気力を失った。なんと1日15時間睡眠を繰り返してしまうのだ。しかもベッドから立ち上がると頭痛と吐き気で視界が歪み、眩暈が起きる。ウーバーイーツで飯を頼んで食べて、その後さらに寝る。精神的にもぼーっとしてていつもは楽しい読書とか音楽が全然楽しくない。youtubeみたってTwitter見た

      • 日記 8.28

        私は過剰なほどに抽象的なものか過剰な光、みたいなものにしか興味を持たなくなった。私が語るべきことはおそらく哲学史の中に答えのように全てが書かれているだろう。私は真実を掴んだようにそれらの事実を私自身の力で獲得した。社会問題や俗的な心配事は私にとってノイズでしかなくなる。私は表現をやりたいと思っているのだろうけど表現は、表現されないうちには表現ではないだろうか。無意識は私の頭に散乱しててそれらが全て真っ白な砂漠のように平になる瞬間を私は求めている。優れた芸術作品にそれらはしばし

        • 芸術について part1

          言葉は正確に世界を表すものではなく、使用の中で意味を持つ。だから神に対する言論は意味を持たない。我々は膨大な神への概念を次から次へと拡大していて、しかしながら永遠に神について語ることはできない。死についても同様で、ここにおける死とは医学的な死ではなく概念的な死である。概念的なものへの言論は無意味であるが、我々は言葉を無制限に拡大してそれを捉えようとする。言葉はそれ自体に限界があるが、芸術のみが言葉の限界を超えようとする。神について我々は説明できず、しかし神について表現が作用す

          私の頭の中のよくわからなさ

          私はきっとイメージの世界で生きているんだと思う。"リアリティ"がない。 私は、アニメをみれない。アニメときくとイメージが浮かび上がってしまう。そのイメージには奥行きがあって喧騒の感じとか体の動き方とかそういうのの集合体の、イメージ。 それでも個別に向き合った時にはしっかりしないといけない。でも、寝てしまう。私は受動的なことには向いていない。 私は、リアリティを嫌う。だから、教室が嫌い。大講堂が嫌い。リアリティは、こわい。リアリティはイメージが現実の場所だから。 リアルは

          私の頭の中のよくわからなさ

          離人症のような

          現実感というのを感じたことがない。 自分の身に起こることに現実感がなく、いつも他人事のように感じる。 預かり期限が過ぎた財布、試験当日に買う鉛筆と消しゴム、当日まで何も準備しなかった共通試験の出願、怒り、人から向けられる眼差し、恋。 まるで現実感がない。 それは現実からの逃避なのかと聞かれたらそれはそうなのかもしれない。 しかし、こんなのはおおよそ物心ついた頃からずっと続いていてそれが心地よく感じることもしばしばある。 私は、ビジネスホテルが好きだ。最低限のものしか置か

          離人症のような

          LOVE IS

          人間はモノそのものに触れることができない。 人間は他人の気持ちを全て知ることはできない。 人間は誰しも欠けている。 人間は生まれたと同時に死ぬまでさみしさを抱えなければいけない。 人間は真理を知ることはできない。 人間はすでにつくられた世界の中で生きることしかできない。 私たちの弱さは私たちが最も自覚しているだろう。人間は悲しい生き物だ。我々は完璧を目指すことはできない。我々は無限を生み出すことはできない。我々は物理法則から逃れることができないのだから、永遠を手に

          完璧主義

          色々な完璧主義がある。 完璧主義といえば、計画の緻密性とその徹底した実行を思い描くだろう。そしてもしかするとその実行に失敗して計画の全てを投げ出すような姿を思い浮かべるかもしれないし、それに悩んでいる人も多いかもしれない。 これは、癖としての完璧主義である。 徹底した正義、優しさ、公平性、幸福などを追求した場合には思想としての完璧主義が生まれることがある。それらは大体、客観性を求めた結果崩壊する。人が客観的世界で生きることは不可能である。 その理論や基準があなたに取って美

          完璧主義