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【ショートショート1538文字】「イチイ」【創作小説】

 いじめっ子といじめられっ子の集団らしきものに行き合った。

 帰り道。
初等部の子とこの時間帯で帰りが行き合うのは珍しい。
 霞ヶ丘の高等部女バレは県内でも有数の強豪として有名で、遅いと練習は七時を回るから。
 当然、保護者からのクレームは入る。
 今も入っているだろう。
 けれど、無視される。
 する。
 霞ヶ丘の女バレとはそういう場所だから。嫌ならやめればいいだけだから。

 キャプテンは私。
 顧問は私の姉。
 私の姉は二十六で、大学卒業から教員になったわけじゃなくて、他の職を転々とした後に、教員になったという変わり種だ。
 教員は学校卒業からそのまま教員になることが多い。社会を知らず、就職し、病んじゃうことも多いけど、これしかないとその職にしがみつく。
 そういう教師は多い。
 私の姉はそうじゃないのだ。こだわらない。親から文句を云われようが、学校からお小言貰おうが、無視する。
「じゃあやめる」が姉の口癖。あれは最強だ。
 あれで誰も何も言わなくなる。
 霞ヶ丘の女バレの顧問なんて誰もしたがらないから。そうすると教師連中も困るし、部員も困る。子供が困っている雰囲気を感じ取った親は渋々従う。
 そんな感じ。

 したがって人数はいつもギリギリだ。
 よく続いているものだと思う。
 部活自体が。自分が。

 私はスマホの時計を見た。
 七時十五分。
 まだ初等部の子が残っていたのか。ヘルメットをしていないところを見るに、高学年か。身長的に五六年。
 前を横並びで歩く集団に溜息が漏れる。後ろから蹴飛ばしてやりたくなった。
「なあ。コレ食ってみ。ガンちゃん」
「えー?」
「たぶんいけるって。雀だって食ってるだろ」
「俺は雀じゃねえよ」
「じゃあ、ガンちゃん食ったら俺も食うわ。それならいいっしょ」
「あー」
「イチイ。心臓毒の一種。タキシンを含む為、血圧低下や心臓麻痺を引き起こすとされる。当たりどころ悪ければ死」
「まっ」
 まってなんだよ。
 突然の女子高生割り込み。
 ガンちゃんとやらに毒を勧めていた二人のうち一人が私を見て固まった。学校の窓から漏れる蛍光灯の灯りに、やけに茶味掛かった髪色が私の神経を刺激する。誰かを思い出すから。私は追い打ちを掛けるように言った。
「鳥だって食わねーよ。バーカ。お前が死ね」
 食ってる奴もいるけどね。雀なんか普通に食うらしい。
「んだこいつ」
「あの……」
 私は蹴飛ばしてやった。ガンちゃんの顔面を。
「ガンちゃん!」「おま」
 意味がわからなかったのだろう。私だって解らなかった。ただ、顔がムカついたから蹴飛ばしてやっただけだ。
 私は隣に立つイチイの木にそっと目をやる。その隣も。
 イチイ。キョウチクトウ。ポピュラーで全国に分布し、どこでも見る種だ。街路樹や、今もこうして地味な校舎を飾り立てるのために植えられたそれらの植物。
 よく、勉強した。
 姉を、殺したくて。
 殺したくて殺したくて。
 未だ実行の機会はない。勇気がない。
 目の前のガンちゃんのように勇気がない。
 私はかたい葉の合間合間に生えた赤い実を取った。しげしげと眺めた後、ぷちっと指の腹で潰す。濡れた指でガンちゃんを指した。
 食べたきゃ食べな。
 或いはそちらの方が幸せかもしれない。
「こういう奴は早いとこやっつけないと。取り返しの付かないことになるよ」
「バーカ! 行こうぜクソ!」
「立てるか。ガンちゃん」
「んん」とか「ああ」とか言いつつ、嬉しそうに差し伸べられた手を取るガンちゃんを見てもう一度蹴り飛ばしてやろうかと思った。
 ストックホルム症候群。
 そんな大げさな物言いをしなくてもいいかもしれない。
 けれど、私はその行為を小さな洗脳だと思う。決めつける。
 走り去った三人の背中を見ながら呟いた。
「帰ったらスズランの水換えてあげよう」


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