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先生の思い違い[エッセイ]

かなり昔の話。

「あんた、友達置いて先に帰ったの?」
小学校6年生学期末の個別懇談を終えて帰宅した母に問われた。
「先に帰ってって言われたから帰った。」
そう答えて私は母に背中を向けた。母はそれ以上何も言わなかった。
先生、お母さんにもそんな話したんだ。悔しさで一人泣いた。。
その発端となった出来事は一週間程前のことだった。山道を一時間かけて学校に歩いて通っていた私達はいつも一人では帰らないようにと先生から言われていた。しかし近所の小学生は少なく、やむを得ず一人で帰宅することも少なくなかった。
その日、近所の友達であるSちゃんは委員会の居残りがあった。それも結構長時間かかる居残りだった。私は読書をしながらSちゃんを待って一緒に帰るつもりでいた。ところがSちゃんは
「先に帰っていいよ。」
と私に言った。長時間待たせることに申し訳なさがあったのだろう。逆の立場になることもあるからその気持ちは私にも分かった。
「いいよ。待ってるから。」
私は答えた。しかしその後同じ台詞で何度か押し問答のような状態が続き、Sちゃんは
「お願いだから先に帰って!」
と半分怒ったように言った。こうなってしまうと私の意見を通せない。通したところでSちゃんを怒らせるとしばらく口をきいてくれなくなるからだ。
仕方なく私は一人で帰宅した。

翌日、私は担任の先生に呼ばれた。
「昨日どうしてSさんを待たずに帰ったの?」
そう聞かれ、
「先に帰ってと言われたからです。」
とだけ答えた。先生は前日Sちゃんが帰る時に一人だったことで、私と一緒じゃないのか尋ね、そして私が先に帰ったことをSちゃんから聞いたのだろう。Sちゃんとしたやり取りについては先生にも話さなかったし、Sちゃんも先生にそこまでは言ってはいないだろうと推測できた。それ以上詳しく話を聞かれることもなかった。そのため、先生は私が早く帰りたいから先に帰ったのだと思い込んでいたようだった。双方の話をちゃんと聞けば分かったはずのことなのに。

そして私は先生の中で友達を待たずに帰る薄情で自分勝手なヤツ認定された。先生の怒りは相当なものだったらしく、学期末の懇談会で母に話し、さらに通知表の所見欄にも「友達を待たずに勝手に帰った」と記載された。見た瞬間驚き、そして涙が出てきた。外の景色を眺めるフリをして、先生に見えないように涙を拭いた。今でこそどうしてちゃんと話さなかったのだろうと思うけれど、当時は学校の先生、特にこの時の担任の先生は怖い存在で、何を言っても怒っている先生に聞き入れてもらうことは無理だと悟っていたのだった。

その後も喜怒哀楽の激しいタイプのその先生にしばらくの間キツく当たられた記憶もあるが、Sちゃんは何も気付いていないようだった。Sちゃんは先生に気に入られていたし、あくまでも私との件では被害者だと思われている。先生はSちゃんには常に優しかったのだ。近所であることもあり、母はSちゃんのことを知っていたので多少は察してくれていたらしい。怒られることはなかったし、深く追及されることもなかった。そしてSちゃんとの友情もそれまでと何も変わることはなかった。

ただ、そのことをきっかけに私の中で先生に対する不信感はとても大きく膨らんでいった。あの時代でなく、今の時代だったとしてSNSで発信したらかなり騒がれそうな話だ。ちゃんと話を聞かずに思い込みで親に話し、通知表に記載し、自分の感情だけでキツく当たってくる。私にとってはとても辛い経験だったが、先生はもう覚えていないだろう。おそらく「そんなこと」で片付けられてしまうようなことだ。しかし私は今でも涙を拭いたあの時の景色、窓の外の陽光を思い出せる。この事件とその時の先生に対する不信感は今でもまだ私の中で渦巻いていて、思い出す度に悔しさでいっぱいになるのだ。

あれから40年以上経っているのに。



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