夏 第434回 『魅惑の魂』第2巻第3部第114回
夢を打ち砕かれたマルクは、疲れたように立ちつくしていた。彼にどうしてもわからなかった… 何の知らせもなく突然に旅行に出かけてしまう… そんなことがあるだろうか!… 彼は母の後を追い、説明を聞き出すために動こうとした… そんなことあるはずない!… だが彼は立ち止まった… 彼にはわかったのだ、母が考えていることを… 母はマルクがノエミに恋していることに気づいたのだ。だから彼女は二人を引き離そうとしている。それで彼女は嘘をついた、彼女が言ったことは真実ではない! ノエミは、けっしてどこに行ってはいない… 彼は母を憎んでいた。
彼は家を出ると、階段から転がり落ちるように駆けた。胸を高鳴らせて走ってヴィラーズ家へ向かった。ヴィラーズの人たちが出かけていないことを確かめたかったのだった。 …そして思った通りに彼らはそこにいた。使用人が出てきて、マルクにこう言った。「ご主人は今さっき外出しました、奥様は疲れていて、だれとも逢いたくないそうです」だがマルクは一分だけでも話したいと求めた。戻ってきた使用人はノエミの返事を伝えた。「申し訳ないけど、今は駄目だそうです」少年は熱に浮かされたように言い出した。「少しの間でも会わなければならない。とても大切なことを彼女に伝えなければならないのだから…」さらに続けたが、声変わりしかけたその声は、ときにどもって噎せるようで、そして支離滅裂にしか観えなかった。ぎこちない身振りの上に顔を赤らめ、泣きそうになった。使用人は無表情ながらも嘲笑を目に浮かべてた。それを見たマルクは思考停止しそうになっていた。使用人は彼をドアの外に押しやった。愚かだが彼はそれに抵抗しながら「ぼくに触ることは、だれにも許さない」と叫んだ。使用人は彼に立ち去るように言った、それに従わなっければ玄関番に連絡して、彼を引っ張って行かせると言った… そしてドアは彼の後ろで閉まってしまった。羞恥と激怒で混乱した彼は、立ち去る決断もつかないまま、敷居に立ったままでいた。そして、機械的にドアに凭れかかると、ドアが完全に閉まっていないことに気づいた、なかに忍び込むことができそうだった。彼はドアを押し開けて中に入っていった。彼はどうしてもノエミの傍に行きたかった。廊下は空いていた。彼は部屋がどこにあるのかを知っていた、廊下に忍び込んでいくと、奥のほうからノエミの声が聞こえてきた。彼女は使用人にこう言っていた。
「馬鹿よ、馬鹿みたい! あの小僧は、わたしを苛つかせる! お前が鼻を噛んであげたんだよね、あのカナリアの!…」
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