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夏 第425回 『魅惑の魂』第2巻第3部第105回

 アネットは、わが子と今よりも親密になることを願っていた。一つの愛に疲れた彼女はわが子のもとに避難し、息子の母に対する欺瞞がない愛の下に身を隠してしまいたかったに違いない。ああ! だがわが子の愛にも他の人たちと同じような偽りがあった。アネットは、マルクからの優しさや関心の兆しさえ期待することができなかった。この少年は、こんなに冷たくドライだったのだろうか、今の彼の無関心さは、かって見たことがないものだった。マルク自身は、母親を襲った苦悩にはまったく気づいてはいなかった。もちろん、彼女はそれを彼から隠そうとしていたのも事実ではあった。しかし、彼女のその隠し方は不手際としか言えないものだった。不眠でうつろになった彼女の目、青ざめた顔、やつれた手、残酷な情熱で疲れ果てた全身から、彼はそれらを読み取れたはずだった。だがそれでも彼は何も読んではいなかった。その頃の彼は彼女のことをよく観たり眺めたりすることがほとんどなかったのだった。彼は自分自身のことだけを気にかけている、そんな状態だったのだ。そして何が起こっているのか、自分の中に彼は隠し続けていた。彼を見かけるのは食事の時だけだったが、そこでも彼は何も口にはしなかった。アネットが話しかけようと努力すると、彼の沈黙はさらに頑固になっていくようだった。彼女が彼に言わせることができるのは、一日の始まりと終わりのそれぞれに「こんにちは」と「こんばんは」がせいぜいだった。彼も日々の安逸を保つことはアネットと同じなのだった… (毎日ではなかったが!)… 出かけるときの習慣で母親の口元に唇を差し出すときも面倒そうな様子が見て取れた、学校や個人的な用事(それをどんな用事なのか母親に説明することも簡単ではなかったが)で外出する以外は、自分の部屋に閉じこもっていた。その小さな部屋は食堂と寝室の間のもとは収納部屋だったところだった。そこまで行って彼に話しかけるのは無意味なことだった。食卓でも暖炉の傍でも、彼は他人のような素振りをしていた。アネットは苦い思いを抱えながら独り言を口にするのだった。
「わたしが死んでも、この子は泣くことなんかないだろう」

つづく

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