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夏 第420回 『魅惑の魂』第2巻第3部第100回

 立ち上がって開けたくもあったが、その前に息が切れてしまうのではないだろうか…。
 それから先の彼女にはもう何も聞こえなかった。彼は帰って行ったのだろうか?… それを確かめる前に彼女は起き上がってドアまで近づいた。足音を立てないようにしながらも眩暈を感じているような気がしてた。そしてドアの近くまで来たとき、床板が軋んだ。アネットは立ち止まった。それから数秒が経過したが、何も動いてはいなかった。だがアネットは気づいた。ドアの後ろでフィリップが待ち伏せしているらしい。そしてフィリップは、アネットがその向こうで耳を澄ませていることも分っていた… 長く重い沈黙… 二人は互いを窺いあっていた… ドアに身を押し付けていたフィリップの声は、こう言った。
「アネット、いるんだろう、開けてくれないか!」
 アネットは壁にもたれかかった、心臓が弱って止まるのではないか、そう感じていた。彼女は何も答えなかった。
「あなたがそこにいるのはわかっている。隠れることなんかしないでほしい!… アネット!  開けてくれないか! ぼくにはあなたに話さなければならないことがあるんだ!…」
 彼は階段の周りには聞こえないように声を抑えていた。しかし彼の中で複雑な感情が溢れ出しはじめていた、ドアを揺すぶりそうになっていた。
「会わなきゃならない… あなたが好むととか好まざるとか、そんなことは関係ない。ぼくあなたのところに、入るんだ…」
 沈黙がしばらく続いた。
「アネット、今朝のぼくはあなたを傷つけてしまった。許してくれ!… ぼくはあなたが欲しい、ぼくはあなたはどうすればいいんだ?  教えてくれ、そうするから…」
 それでも、ドアの内側に沈黙は続いていた。

つづく

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