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母と息子 77『魅惑の魂』第3巻 第2部 第5回

承前

 今のアネットには、熱病にかかった魂はなかった。闘争、憎悪、苦悩。彼女はそれから逃げてきたのだった… もしそうであれば! 彼女は満足できたのではないか! しかし彼女は無関心を、ここでは見つけていた。
 この土地の柔らかさは被害を少しも受けずにそのままだった。健康が熟し彼女に微睡まどろみを誘っていた。自分の身体で作った羽毛のベッドにいる幻覚が、周りを谷間にして、いくつかの丘がクッションを作っていた。そこに頭を沈めて眠りにつけば、余計な夢も観ることもないのかもしれない。静かな土地と、穏健な人たち、それは現実を考えず苦悩することない。ここでは神はこの地の人のためには死ななかった。十字架につけられた彼は、この地のことなんか念頭になかっただろう。
 アネットは子どもの頃からこの土地をよく知っていた。そもそも父親の血はここから出てきたものだった。彼女は、かつてはその安らかな静けさを楽しみ味わった。でも今は?… そのころの彼女は、自分が健康であること望みそうなることを羨んでいた。でも今は?…
 記憶の底からトルストイの言葉が。それは女にとってだけの真実ではなかったが… 『苦しんだことがない者、病んだ経験が一度もない者、健康な人たち、あまりも健康な人たちは、これからも常にも健康で在り続けるだろう。しかしそれは、女モンスター! 怪物だ!…』

つづく


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