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母と息子 94『魅惑の魂』第3巻 第2部 第22回

承前

 彼は笑っていた。そして少年たちも一緒に笑っていた。近くに居たアネットは驚き、唖然となってしまった。その笑い声の意味は何なのだろう? 楽しかった悪戯いたずらの思い出に重ねているのか? 神経が興奮して麻痺してしまったのだろうか?… 考えること自体もできなくなっていたのか?
 彼女は笑っているその男を、自分の脇に呼んだ。そしれ彼女は彼にこう聞いた。
「コルヴォ、戦場って、そんなに楽しいところなの?」
 彼は彼女を見ながら、また冗談を言うつもりになっていた。だが彼女が笑っていないことに考えさせれた。そうして彼は、こう答えた。
「ほんとうのことを言ったら、楽しいなんてこと、ぜんぜんありはしないんです」
 それから少し息をつくと、彼は自分の苦しかった体験を話しだした。アネットそれを聞きながら彼に尋ねた。
「だったらそれを、どうしてみんなに話さないの?」
 彼は首を振った。アネットが言っていることは、彼には不可能でしかなかった。
「そんなこと、できはしない。それに話したってだれも解りはしないと思います… 解りたいなんて考えもしていないんです… それに、そんなことを話すことに、何の意味があるんですか? ぼくたちはなにもできないんだから。
 そうじゃないですか。ほんとうのことなんか、だれも知りたいなんて思ってもいないじゃないですか。
 それにほんとうのことを望むことだって、俺たちには、できはしないんだ」

つづく


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