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ロイヤル・バレエ「ドン・キホーテ」Blu-ray発売記念!「ダンスマガジン」2020年7月号掲載レビューを全文公開!

英国ロイヤル・バレエ『ドン・キホーテ』Blu-rayが5月23日に発売されました! 日本人プリンシパル・高田茜がキトリ、アレクサンダー・キャンベルがバジルを踊る、ファン待望の全幕映像です。

いま『ドン・キホーテ』が見たい! そこで今回は特別に「ダンスマガジン」2020年7月号掲載の海野敏氏による「Blu-ray 英国ロイヤル・バレエ『ドン・キホーテ』」見どころレビューを全文公開。魅力のポイント10をご紹介します!

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Blu-rayでじっくり観る!
ロイヤル・バレエ「ドン・キホーテ」
魅力のポイント10
海野 敏 Bin Umino

 いまは家に居ながらにして世界トップレベルの舞台映像がふんだんに見られる時代である。ファンの嗜好は十人十色ではあるが、この英国ロイヤル・バレエによるカルロス・アコスタ版『ドン・キホーテ』全幕は、すべてのファンにとって見る価値がある映像だと思う。
 発売されたばかりのビデオグラムについて、その魅力と見どころを10個紹介したい。

キトリ赤© 2019 ROH. Photograph by Andrej Uspenski (4)

ロイヤル・バレエ アコスタ版「ドン・キホーテ」高田茜(キトリ)

1 高田茜のキトリ  
 昨年のロイヤル・バレエ来日公演でもアコスタ版『ドン・キホーテ』は上演されたが、高田茜が怪我のため来日できなくなり、彼女のキトリが見られずにがっかりしたファンは多かったにちがいない。高田のキトリが文句なしに素晴らしいことを、この映像で確かめてほしい。
 その魅力は、整ったラインの美しさにある。キトリはおきゃんな街娘で荒っぽい仕草も多いが、彼女は派手な踊りでもラインを崩さない。落ち着いた折り目正しい手足の運びで、爪先まで丁寧に伸ばした膝下の動きが印象的だ。第2幕第2場、森の精の庭園のドゥルシネア姫の踊りでは、彼女の持ち味が大いに発揮されている。

2 金子扶生のドリアードの女王
 金子扶生もまた日本が誇るべきロイヤル・ダンサー。この舞台では、森の精の庭園で精霊たちの女王役を演じている。彼女の魅力は繊細かつ躍動感のある演技。ヴァリエーションでは、終盤のイタリアン・フェッテでの連続回転のみでなく、中盤のコントロールの効いた高いエカルテ・ドゥヴァン、安定したアラベスク、優雅なポール・ド・ブラに注目してほしい。
 高田と金子、日本人女性2人が中心で踊るこのシーンには、精霊役に桂千里、佐々木万璃子、前田紗江の3人も出演している。日本のファンにはうれしい場面だ。

金子さん© 2019 ROH. Photograph by Andrej Uspenski (3)

「ドン・キホーテ」金子扶生(ドリアードの女王)

3 キトリとバジルのグラン・パ・ド・ドゥ
 『ドン・キホーテ』のクライマックスと言えば、第3幕、キトリとバジルのグラン・パ・ド・ドゥである。主役2人が超絶技巧を披露する華やかな踊りは、ガラ公演でもお馴染みだ。
 高田とアレクサンダー・キャンベルのヴィルトゥオーゾは期待通り。高田のヴァリエーションは輪郭のはっきりした颯爽とした演技で、扇子を開閉する手さばきも見事である。キャンベルのヴァリエーションは跳躍してルティレで回るダブル・トゥールが力強い。コーダでは、高田がグラン・フェッテでトリプルを入れれば、キャンベルもグランド・ピルエットでトリプルを入れて、華麗な回転を競っている。

キトリ白© 2019 ROH. Photograph by Andrej Uspenski (2)

「ドン・キホーテ」高田茜

キャンベル© 2019 ROH. Photograph by Andrej Uspenski (9)

「ドン・キホーテ」アレクサンダー・キャンベル(バジル)

4 ジプシーの野営地
 ロイヤル・バレエではこれまでダウエル=バリシニコフ版、ヌレエフ版の『ドン・キホーテ』が上演されているが、アコスタ版はロイヤル初のオリジナルだ。その特徴は、プティパ=ゴルスキーの伝統を尊重しながら、演出、美術、音楽に多くの工夫をこらしていること。演出では、キューバ出身のアコスタらしいラテン系の高揚感と、英国バレエらしい演劇的表現が魅力となっている。
 とりわけ第2幕第1場、ジプシーの野営地は演出の見どころ。キトリとバジルのしっとりとしたパ・ド・ドゥで始まり、その後ジプシーたちの情熱的な踊りが繰り広げられ、さらに下手で焚火を囲んでの場面が情緒豊かで趣深い。舞台上でギターがセンチメンタルな夜想曲を奏で、ジプシーのカップルがフラメンコを踊る。人々に気づかれぬままドン・キホーテが風車の怪物を幻視する演出を含め、筆者一押しのシーンである。

ジプシー© 2019 ROH. Photograph by Andrej Uspenski (1)

「ドン・キホーテ」(ジプシー)

5 ティム・ハットリーのデザイン
 アコスタの演出は、ティム・ハットリーの美術・衣裳に後押しされて成功したと言ってよい。ハットリーは、オペラ、演劇、ミュージカルのデザインで成功している舞台美術家。バレエは初挑戦だったが、アコスタとの綿密な協働作業でインパクトのある舞台空間を創り上げた。
 まずは第1幕、場面が変わらないのに2階建ての家がまるごと移動するセットがバレエでは珍しい。ガマーシュの住む家が迫り出し、また引っ込む演出は新鮮だ。幕ごとにがらりと雰囲気が変わる背景もよく工夫されている。ドン・キホーテが夢見る森の精の庭園は、直径数メートルの巨大な赤紫のデイジーが咲き乱れており、なかなかシュールな風景。第3幕の街外れの居酒屋は、内装が細やかに作られていて豪華だ。ドン・キホーテの乗る馬の造形も必見。

6 街の人々の演技
 アコスタはインタビューで、演出にリアリズムを取り入れ、ダンサーたちに舞台上で「普通の人間として振る舞ってもらおうと思いました」と語っている。明るく開放的で活気のある『ドン・キホーテ』の世界は、出演者全員の生き生きした演技が築いたものだ。
 第1幕の広場でも第3幕の居酒屋でも、おしゃべりしたり、売り買いしたり、舞台の隅にいるひとりまでじつによく動いている。主役やソリストが踊っている最中でも、踊りを妨げることなく自然に、しかし活発に演技を続けている。生の舞台では見逃してしまう細かな演技を何度も見返して発見するのは、ビデオグラムならではの楽しみ方だろう。
 ダンサーたちに発声させるのもアコスタ演出の特徴。ときおり上がる歓声や掛け声が、舞台の彩りとなっている。

7 ソリスト・脇役の活躍
 ドン・キホーテ、サンチョ・パンサ、ガマーシュを演じるダンサーたちはベテランの味わい。いずれも笑いを誘うコミカルな役どころにもかかわらず、格好よく様になっているのは流石。
 メルセデスを演じるマヤラ・マグリは、今年、小林ひかるプロデュースの公演で、アクリ瑠嘉と組み、コンテンポラリーダンスで存在感を見せたダンサー。この舞台でもしっかり才能を輝かせている。

メルセデス© 2019 ROH. Photograph by Andrej Uspenski (1)

「ドン・キホーテ」マヤラ・マグリ(メルセデス)、ヴァレンティーノ・ズッケッティ(エスパーダ)

 崔由姫はキトリの友人役で、全幕通しての活躍。中尾太亮を含む貧しい若者四人の踊りも、物語に巧みに挿入されており、屈託のない陽気な賑わいを舞台に加えている。

友人© 2019 ROH. Photograph by Andrej Uspenski (1)

「ドン・キホーテ」
崔由姫、ベアトリス・スティックス=ブルネル (キトリの友人)

8 ガマーシュの結婚
 アコスタの演出の工夫でたいへんユニークなのは、ガマーシュの結婚である。ガマーシュは裕福な貴族だが、キトリとバジルのロマンスに横恋慕し、気障な仕草をみなにからかわれる道化役。
 そんなガマーシュがドン・キホーテの計らいで街娘にプロポーズし、まんざらでもない様子。アコスタのガマーシュへの優しさを感じるエピソードになっている。

ホワイトヘッド© 2019 ROH. Photograph by Andrej Uspenski (10)

「ドン・キホーテ」トーマス・ホワイトヘッド (ガマーシュ)

9 マーティン・イエーツのオーケストレーション
 マーティン・イエーツはバレエとオペラで活躍している指揮者であり、2011年の『マノン』再演で編曲を手がけた音楽家である。今回アコスタとイエーツは、19世紀初演当時のミンクスの原曲を詳細に検討し、楽曲の取捨選択と新曲の追加をしたと言う。
 イエーツの編曲は、ミンクスの原曲を尊重しつつ陰影を深くしたもの。装飾的な音を際立たせたオーケストレーションは、アコスタの意図するヴィヴィッドな風景にマッチしている。

10 ほどよいカメラワークと特典映像
 ビデオグラムの良さのひとつは、劇場では味わえないダンサーのクローズアップだ。劇場の最前席に座るよりもさらにダンサーに近づいて、踊りと演技を楽しむことができる。ただ、あまりアップが多いとかえってフラストレーションの原因になる。その点、この映像のカメラワークはバレエファンの視線をよく心得ており、ちょうどよい。
 また、舞台とは別の特典映像が付いているのもビデオグラムのお楽しみ。3つの特典映像は、制作の舞台裏をのぞくことができるもので興味深い。とりわけ高田のヴァリエーションのリハーサルに、ダーシー・バッセルが参加してアドバイスする映像はたいそう面白かった。

 最後に、ロンドンで高田茜のキトリ・デビューを見たときの話を書きたい。
 2014年12月、その夜の『ドン・キホーテ』はナタリア・オシポワがキトリ役だった。ところが第1幕終盤にオシポワが舞台上で転倒。第2幕の始まる前、芸術監督が登場して高田の代役をアナウンスすると、満席の劇場がどよめいた。そのシーズン、高田はすでにキトリにキャスティングされていたのだが、その日前倒しのデビューとなった。急な出演にもかかわらず、高田のキトリは素晴らしかった。カーテンコールは万雷の拍手とブラヴォーの嵐だった。
 あれから高田の踊りはさらに前進している。この映像は日本のバレエファンにこぞって見てもらいたい。

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このレビューが掲載された2020年7月号の「ダンスマガジン」は、『ドン・キホーテ』を大特集! 東京バレエ団のプリンシパル、上野水香・秋元康臣の2人による名ポーズ集や、カルロス・アコスタ、マニュエル・ルグリなど、多くのダンサーをインタビューに迎え、世界中で愛される作品の魅力と主役を踊る極意に迫っています。

英国ロイヤル・バレエ『ドン・キホーテ』のBlu-rayと合わせ、ユーモアと明るさに満ちた恋物語『ドン・キホーテ』がもたらすハピネスに、心ゆくまで浸ってください!

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