周回遅れの資本主義

「新しい資本主義」というので期待していたのだけれど、「2周遅れの資本主義」だったのでびっくり。温故知新?まさか、と思うけど。

資産所得倍増、年末具体化へ 政府骨太方針決定 安倍路線継承で分配後退  | 京都新聞 ON BUSINESS
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/biz/810037

資産所得倍増、というからには、資産を持つ人だけが対象になる。株などの金融商品に投資するだけの余力がある人に限られる。しかし資産がない、そもそも貯蓄もない人に、資産所得倍増と言われてもそもそも関係ない。これでは、マジメに働く人たちの生活を楽にする気がないと宣言したようなもの。

金融商品に投資するには、「しばらく現金化しなくても生活に困らない」ほどの資産が必要。日々の生活費、学費、病院代などを支払うのに、いちいち株を売って現金化するなんてことできない。だから、日々の生活に不要なお金がある人にしか、金融商品への投資は不可能。

この記事によると、「投資に回す貯蓄がない」という人たちが34%にも上る。資産所得倍増計画は、国民の3分の1の人たちを無視し、すでに投資余力があるほどのお金持ちだけを利する政策ということになる。場合によっては、こうした投資家の人たちは働いていない。
https://news.yahoo.co.jp/articles/659090c3a691e59760937a59f42aad8b959ae19b

株主に配当されるお金は、マジメに働く人たちが稼いだ売り上げの一部から支払われる。株主は資産を持っているだけでお金をもらえる。働く人は、資産がないから配当金はもらえない。ただ配当金を稼ぎの中から吸い取られるだけ。

投資は、工場を作ったり新しい企業が立ち上がったりするのに必要な資金を提供する。それによって雇用が生まれる。だから労働者にもウィンウィン、なこともある。ただし、もし労働者への賃金が低く抑えられたまま、株主への配当が倍増するなら、労働者はまさに「搾取」されたことになる。

トマ・ピケティ氏の著書「21世紀の資本」によると、お金持ちの資産が増えるスピードは、国の経済成長率よりも速いのだという(r>g)。これは、働く人たちが稼ぐお金の増え方より、お金持ちが吸い上げるお金の増え方の方が速い、ということ。働く人が貧しく、金持ちはますます金持ちに。

金持ちがますます金持ちになった時代が二つある。産業革命から第二次大戦終了までの自由主義の時代。レーガノミクスから今日まで続く新自由主義の時代。この二つの時代は、働く人への配分が減り、金持ちへの配分がどんどん増加し、金持ちがどんどん金持ちになる社会状況だった。

昨今流行している「ステークホルダー資本主義」は、金持ちにばかりお金が集まる、株主資本主義を改め、働く労働者をはじめとする関係者(ステークホルダー)みんなにお金が配分される社会を目指そう、というもの。私は、これが「新しい資本主義」だと思っていた。

しかし岸田首相は、レーガノミクスの時代の感覚でおられるらしい。たぶん、読んでいる新聞は35年くらい前のものと思われる。その時代ならなるほど、株主など資産を持つ人たちに有利な株主資本主義が注目され始めたばかりだから、「新しい資本主義」と呼ぶにふさわしかったと思う。

ただ、私の見解では、それはとてもとても古い資本主義のように思う。資産を持つ人に厚く配分される社会は、何なら戦前の資本主義。古い。無茶苦茶古い。たぶん岸田首相は、トマ・ピケティ氏の本も読んでないし、ステークホルダー資本主義も知らないし、もしかしたらケインズも知らないかも。

最近、批判ばかりされるので表に全然出てこなくなったが、岸田首相の知恵袋は、竹中平蔵氏ではないか、と思う。バリバリの株主資本主義者で、お金持ち有利な政策が大好きな人。竹中氏は前首相の菅氏のお気に入りでもあったし、岸田氏は篭絡されたのではないか、と思う。

自民党政権は、貧富の格差は固定化するだけでなく、ますます拡大の一途をたどるように決めたようなものだと思う。ステークホルダー資本主義とか、お金持ちには戦々恐々の話がこのところ話題になっていたけど、胸をなでおろしているのではないだろうか。これでお金持ち安泰な社会が続く、と。

しかし私は逆ではないか、と思う。第二次大戦前に共産主義とナチスが台頭したのはなぜか?を考えると分かる。働く人たちへの配分を薄く、資産家に手厚く配分する自由主義、株主資本主義がひどすぎて、それに反旗を翻したのが共産主義とナチスだったからだ。

共産主義とナチスがあれだけ急拡大した理由は、それまでの社会が貧しい人を貧しいまま放置し、金持ちをどんどん金持ちにする状況を放置していたからだ。その恨みが共産主義とナチスを生んだ。そしてこの二つは、資産家の全財産を没収し、時に虐殺した。

第二次世界大戦で、なんとかナチスは抑えた。しかし共産主義はソ連をはじめとして健在で、それどころか世界は今後、ドミノ倒しのように共産主義国が増えていくだろう、というドミノ理論が信じられるほど、共産主義は人気があった。逆に言えば、資産家はそれだけ憎まれていた。

共産主義国になれば全財産を没収されるばかりか、殺されるかもしれない。第二次大戦の前後で、資産家たちは必死に考えたようだ。そこで、ナチスでも共産主義でもない第3の道として、ケインズ経済学を選んだ。

ケインズは、産業革命時のロバート・オウエン、第二次大戦前のフォードなどの事績を理論化した、ともいえる。オウエンは、労働者からは搾り取るだけ搾り取るのが常識だった産業革命の時代に、労働者に手厚く給料を渡し、福利厚生を充実させる「変わり者」だった。

しかしそれにより労働意欲が非常に高まり、世界で最も細い糸を大量生産することに成功、事業家としても大成功した人物だった。しかし、労働者になるべく配分せず、資産家に配当するのが当たり前だった時代には、なかなかオウエンのやり方は広がらなかった。

ヘンリー・フォードは、やはり労働者を搾取するのが当たり前の時代、給料を3倍、労働時間は1日8時間に制限、週休二日という破格の待遇を労働者に約束した。当時の資産家たちからはさんざん批判されたようだ。「そんなことをしたら労働者たちがつけあがる」と。

しかしフォードの改革により、それまで居つかなかった技術者が腰を据えるようになり、生産性が劇的に改善、フォード車は売れに売れた。しかも給料が高くなった労働者自身がお客さんになり、自動車を乗り回すようになった。これが会社の収益をさらに押し上げた。

ケインズは、オウエンやフォードが行った改革を理論化した。労働者を「生産者」と考えるのではなく、「消費者」としてとらえ直した。すると、労働者に十分な給料を渡せば、消費が増える。すると、企業は儲かる。儲かると労働者の給料が増える。また企業は儲かる。こうした好循環が生まれる。

お金持ちはお金が減らないように、なるべくお金を使おうとしない。しかし労働者はお金に余裕がなく、もらったお金の大半を消費に向けざるを得ない。このため、「消費性向が高い」と言われる。労働者に手厚く給料を渡したほうが消費が増え、企業の業績も上がる。

株主などの資産家ばかり儲かる、戦前の自由主義を「古い経済学」だとするなら、ケインズ経済学は「新しい経済学」だった。ケインズ経済学では、お金持ちへの配分は薄くなる。なるべく労働者に配分しようとするからだ。しかしお金持ちは文句を言わなかった。共産主義になるよりマシだから。

ケインズ経済学は、西側諸国で大成功を収めた。共産主義は頑張っても怠けても同じ給料なので、次第に怠惰な社会になって、低迷した。ケインズ経済の西側では、頑張って働く者は給料がアップした。このため、経済が活性化した。

ソ連など共産主義国が低迷しだしたころ、イギリスのサッチャーやアメリカのレーガンが、株主に有利な株主新本主義、新自由主義の経済にシフトし始めた。好都合なことに、同時期にソ連をはじめとする共産主義国が崩壊。当時、「資本主義の勝利」と騒がれた。正確にはケインズの勝利だが。

ソ連など共産主義国が崩壊すると、お金持ちは怖いものがなくなったらしい。これで全財産を没収されたり、殺されたりする心配がなくなった、と。ますます株主資本主義、新自由主義の傾向が強まり、お金持ちはますますお金持ちに、働く労働者は一向に生活が楽にならない社会へと変化した。今日に至る。

このような時代変化を見ていくと、「新しい資本主義」とは、お金持ちにばかり有利な経済システムを見直し、働く人たちになるべく配分されるようにし、お金持ちへの配分は抑えめにするケインズ経済学的な方向にシフトするのが妥当、と私は考えていた。けれど。

岸田首相はきっと、レーガノミクスの本を最新の著作と思って読んだのではないかと思う。資産倍増計画を「新しい資本主義」と呼ぶなんて、そう考えないと理解できない。日本は、今後も新自由主義の方向に進もうとしているということだろう。

私の尊敬する人の中には、お金持ちの方もいる。その方はお金が減らないように気をつけてはいるが、働く人たち、町に住む人たちによりよい環境と社会を、と考えて投資し、長い目で見てお金が減らなければそれでよい、というやり方をしている。こうした人は、資産を変に増やそうとしていない。

しかし「資産所得倍増」というのは、働かずに稼ごうとする人を増やす傾向を強める。働く人から吸い上げるお金を倍にしようとするようなものだ。これでよい、となぜ岸田首相は考えたのだろうか?

世界のお金持ちも集まるダボス会議で、ステークホルダー資本主義が叫ばれたのを、岸田首相は知らないのか。世界のお金持ちは、もはや自分たちの資産を増やそうとするより、働く人たちに配分したほうが良い、と考え始めている。そうでなければナチスか共産主義が復活しかねないからだ。

私はナチスや共産主義のように振り切った思想より、ケインズ経済学のようなマイルドな手法をとった方がお金持ちにも安全だし、働く労働者も生活が楽になるし、よりよい「新しい資本主義」だと思うのだが、岸田首相はそうは考えないのだろうか。ぜひ21世紀以降の歴史も学んでいただきたい。

私の尊敬するお金持ちの人の身の安全のためにも、「資本所得倍増」という愚かな政策はやめていただきたい。この政策の延長線上には、金持ちばかり有利にするシステムへの怨念、そしてナチスや共産主義のような、金持ち憎しの思想の台頭がある。これでは自ら首を絞めるようなもの。

何事もバランスが大切。働く人は、そうでなくても食品など生活必需品の値上がりで苦しんでいる。この人たちの生活を少しでも楽にする政策を打たねばならない。資産を持つくらいのお金持ちのための政策をやっている場合ではない。

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