デフレ経済から抜けられない構造

なぜ日本は長らくデフレ経済に陥ったのか。金融政策に原因を求める意見もあったが、日銀総裁の黒田氏があれだけの金融緩和を続けてもデフレを食い止めるには不十分だった。ということは、別に大きな原因があるように思われる。私は、誤った経営モデルを選択したことに大きな原因があるように思う。

バブル崩壊後、日本経済は低迷を続けていた。阪神大震災後もそれは続いた。官僚たちはこのとき、何を経営モデルにしたらよいのか分からなくなっていたらしい。震災後、何を血迷ったのか、急に新聞などで持ち上げられ始めたのが百円ショップとユニクロだった。

この2つの業態は、海外で安く生産し、それによって国内でひどく安く売ることを可能にしていた。当時、ユニクロ以外の国内業者は国内でデザインし、国内で生産するとどうしてもTシャツ一枚千円を下ることはできなかった。しかしユニクロはなんと三百円で販売した。全く太刀打ちできなかった。

当時、ラジオペンチは少なくとも数百円はした。国内のメーカーが国内の職人に作ってもらうとどうしてもその価格でないと無理だった。しかし百円ショップでは、そのラジオペンチが百円。包丁も百円。国内製造のメーカーは全く太刀打ちできなくなった。

ユニクロと百円ショップの台頭は、多くの衣料関係の企業、金物屋や雑貨屋を倒産に追い込んだ。それに取って代わるように成長を続けていた。官僚たちはその威勢の良さに魅惑されて、うっかり彼らの経営モデルを持ち上げることにしてしまった。新聞やTVで盛んに持ち上げられるようになった。

そこから日本企業の海外移転が一気に加速するようになった。下請けの中小企業も工場を海外に移転させるように求められた。中国や東南アジアには安価な労働力がたくさんあった。そこで安く製造し、日本で売るなら、他企業の追随を許さない安価な販売が可能になった。

しかし、ユニクロや百円ショップを経営モデルとしたこうした動きは、日本を弱体化させるいくつもの誤りを含んでいた。
①海外で製造した安い製品が国内で販売されたため、太刀打ちできない多くの国内企業が廃業に追い込まれた。
②工場の海外移転で勤め先がなくなり、雇用が減った。

③雇用が失われたために働く人々は次第に低賃金化圧力が強まった。正社員が減り、派遣社員や契約社員が増え、低賃金化が進んだ。
④低賃金化が消費を冷え込ませ、安いものしか買わなくなった。これがさらに製造業の海外シフト、あるいは海外依存を加速させた。

⑤低賃金化で消費が冷え込み、安くないと売れないから製造業は経費を圧縮し、そのために正社員を減らして派遣社員・契約社員を増やして低賃金化を進め、それが消費をさらに冷え込ませ・・・というデフレ構造を作ってしまった。

実は、戦後昭和の官僚達は、こうしたデフレ構造を招かないよう、厳重に注意していた。昔、タイガー石油という企業が直接石油を輸入して国内で安く売ろうと画策した。いわゆる「中抜き」。中間業者をすっ飛ばせば安く販売でき、巨大石油企業に勝てると見込んで戦いを挑んだ。

しかし何のかんのと規制当局からの横やりがたくさん入り、結局、海外の安い石油を安く売るという企みは頓挫した。
もう一つ事例がある。ヤオハン。この企業が倒産した理由は別のところに求められる説明がほとんどだが、私は「海外に本社を置こうとした」ことが原因ではないか、と考えている。

ヤオハンが本社を海外に置くと決めたニュースが流れたとき、「これでヤオハンは潰されるだろう」とささやかれていた。しばらくすると融資などが受けられなくなり、資金ショートを起こして倒産した。飛ぶ鳥の勢いだったヤオハンが、あっと言う間に。

当時の官僚たちは、日本から雇用が失われかねない行為に非常に厳しかった。本社を海外に置くという、官僚たちからすれば決して許せない行為をしたヤオハンは、見せしめ的にやられた可能性がある。以後、工場は移しても本社を日本から移す企業は出なくなってるのは、見せしめ効果があったからかも。

タイガー石油やヤオハンなどの事例から察せられるのは、当時の官僚達は、次のように考えていたように思われる。卸業など中間業者をすっ飛ばす「中抜き」は、雇用を減らす行為だから許せない。本社を海外に置くのは日本から富を流出させる(税金は本社のある国で納めるから)行為だから許せない。

ヤオハンの社長はその後、自分の体験を講演して回る活動をしていたが、いつも奥歯に何か挟まってる感じがした。恐らく、海外に本社を置いたという、潰された本当の原因を喋ってはいけないと口止めされていたからではないかと推測。ともかく、ヤオハン以降は海外に本社を置く国内大企業はいない。

そのくらいの剛腕を振るってでも、国内雇用を守り、日本の富を流出させてはなるまいと頑張っていた官僚達が、90年代後半から頑張り切れなくなった。大きな原因には、官僚支配が強すぎるとして官僚批判が強まっていたことがある。ノーパンしゃぶしゃぶは決定的なインパクトを与えた。

もはや官僚達は、ユニクロや百円ショップの業態を剛腕で潰す力が失われていた。しかも新時代の指針となる経営モデルを見つけられずにいた。そのことが、ついうっかり、日本の富を海外に流出させる選択をしてしまう結果になったのだろう。

戦後昭和の官僚達の剛腕ぶりにはいけ好かない面が多々あるが、国内の富を海外に流出させない強い覚悟があった、という点は評価できるように思う。そしてうっかり90年代後半の官僚達が、製造拠点の海外移転を許すという選択をしてしまったことで、今の日本の低迷が決定してしまったもののように思う。

日本はすっかり製造業が減ってしまい、海外に移転させてしまった。アメリカやイギリスは資本で海外を牛耳る金融資本主義である程度成功しているが、日本はそこまでではなく、海外からのお金の実入りが減り、海外とのやり取りでの儲け(経常収支)で赤字に陥りかけている。

経常収支の赤字が続くと、日本は海外から食料を買いつける経済力が失われてしまう。国内農業だけでは国民を養えない日本にとって、これは飢餓を招く恐れのある状態。極めて危険。

戦後昭和の官僚のいけ好かない面は、「民は愚かに保て」という方針があり、国民にろくに説明せずに剛腕を振るった点にある。しかし日本の富を海外に流出させず、雇用を守ろうとしたその意志は学ぶべきものがある。前者を改め、後者を見習うのがよいように思う。

日本国内の雇用をいかに守り、給与水準をなるべく高く保ち、日本の富をなるべく国内で還流するように仕向けることを、国民のコンセンサスとして共有し、努力する。それがこれからの日本に求められているように思う。

なお、財政政策がまずかったからだという方もおられるだろう。それもないとは言えないが、それだけではうまくいかなかったろう。出血の原因をそのままにして輸血するようなものだから。いくら輸血しても出血したままでは労働者であり消費者である大多数の国民には届かない。

出血とは、労働者にお金が回らない構造。その構造が、海外に工場を移転し、日本の少なからずの労働者が派遣社員や契約社員という低賃金雇用に据え置かれている構造。この中でいくら財政政策を打ったとしても、低賃金の人たちはずっと低賃金のまま据え置かれ、大量の資金はどこへ向かうかというと。

お金の流れを知り尽くす投資家・投機家へと流れ込む。だから、労働者にお金が回らない構造をそのままにして財政政策を訴える人の一部は、そうした投資家・投機家が自分の利益のために言っている可能性を考える必要がある。トリクルダウンを訴えて結局一滴もこぼさなかったのと同じことが起きる。

財政政策を有効に働かせるには、労働者の雇用と賃金の問題を改善する必要がある。この構造をそのままにして財政政策を求めることは、単にお金持ちをさらにお金持ちにし、格差を押し広げる危険性がある。そんなことをしたら富裕層にとっても危険。格差はもはや容認できるレベルを超えている。

憎しみや恨み、そうした負の感情が富裕層に向かう恐れがある。富裕層はもはやその危険性をよく考え、富を分かち合う方向にシフトさせるよう動いた方がよい。そうでなければ富裕層を守ることはできなくなるかもしれない。

財政政策だけを訴えて、雇用や賃金の問題を放置しようとする主張は、富裕層に有利に運び、貧困層の改善に繋がらない恐れがあることに注意したい。
どうにかして国内製造業などを復活させることも必要。私達に求められている改革は数多い。

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