「能動性、観察、楽しむ」が大切、反復は従

この記事を読んだ人から「そうは言っても漢字や計算を身につけるには反復が必要。反復させるには強制が必要」というご意見があった。そういうご意見は教育者にも親御さんにも少なくないように思う。しかし。
私は「反復」には強制しても効果がある、という主張にいささか疑問がある。
https://note.com/shinshinohara/n/n337ded0f0d53

私の塾には、マジメではあるが成績は悪い子が結構来ていた。その子らは親もマジメなだけに宿題を怠ったことはない。しかし漢字も計算も身についていなかった。イヤイヤやると全然身につかない。強制して反復数を稼いでも、身につかないのはこの子らのことを考えてもそう思う。

高校の同級生が受験を意識し、次のようなアイデアを私に披露した。「今日から毎日10個の英単語をそれぞれ100回書き取る。100回も書けばさすがに覚えられるだろう。一年後には3000単語を超える。これで英語はバッチリだ!」

一ヶ月ほど経って友人に進捗具合を聞いた。「シノハラ〜、聞いてくれよ、一週間もすると一つも覚えてないんだよ。100回も書き取りしたのに。その単語を見た記憶すらない。全く覚えてない。どうすりゃいいんだ」と頭を抱えていた。友人は真面目に一ヶ月反復を繰り返していたが、ダメだった。

私の指導した中に、いわゆる多動症(ADHD)の子がいた。その子は字がデタラメだった。数字は8だか6だか0だか見分けがつかない。漢字の棒の数を一本サービスしたり逆に減らしたり。送り仮名を増やしたり減らしたり。そんなだから、正解になったりならなかったり。あまりに字がいいかげんなため。

理解できてるのに字が汚くてバツされたのか、字はあってるのに理解できてないからバツを食らったのか、本人も分からなくなっていた。そこでその子に、100円ショップのことわざ集を渡し、10個間違えずに書き写すように言った。本人はカンタンカンタン、と言いながら書き、私に渡した。

間違いだらけ。「じゃ、また
同じ10個書き写して」というと「これ、合ってたじゃん。間違ってたのだけでいいでしょ?」と。私は「10個間違えずに書き写せたら終わりだよ」と言って、やらせた。
すると、至極不注意なものだから、さっき正しく書き写したものも間違い。

なんと、たった10個のことわざを、見本を見ながら書き写すだけなのに、二時間半かかった。
翌々日も、今度は別の10個。やはり二時間以上かかった。その子は途中、ワンワン泣いた。どうしても間違ってしまうことが悔しくて。

私は「君は全然見直しをしない。書き上げたらすぐに提出してしまう。だから全部書き直すハメになる。提出する前に見直してご覧。自分がどんなミスをしやすいか、わかるようになるから。」
すると、3回目の授業でも情けなくてワンワン泣いたが、一時間半で書き上げた。

見直しをするようになったことで、自分のミスのクセがわかってきた。縦棒や横棒の数を増やしすぎたり減らしたりするところ、送り仮名を増やしたり減らしたりするところ、漢字の点を書き忘れたりすることなど。やがて、30分で書き写せるようになり、10分になり、ついには一度も間違えずに。

私はそうした変化に気づき、「お!ここ、間違いやすいことに気づいたんだな!よく気がついたな!」と、本人の気づき、変化を言語化して伝えた。早く書き写せるようになったらそのつどハイタッチ。自分の成長を感じられるようで、その子もどんどんノリノリになってきた。ついに漢字を間違えなくなった。

宿題も欠かさずやってきたけど成績の悪い子は、このADHDの子のように、イヤイヤやってきたので、自分のやってることに関心がなかった。早くやっつけて終わらせたいだけ。だから漢字の棒が多かったり少なかったりしても気にしなかった。「うっかり」と言ってお茶を濁して済まそうとしてしまう。

こうした子に、イヤイヤ反復を強制しても効果はない。自分のやってることを全く観察していないのだから。自分のやってることにまるで関心がないのだから。反復しても横棒が何本だったか数える気もない。これでは何度反復しても覚えられない。むしろイヤな記憶は消し去りたいくらい。

私は、赤ペンでどこが間違ってるのか書き入れていたが、その子にあれこれ教えなかった。見直しをするように言ってから、その子がどこで間違いやすいのか、本人が観察して気づくまで待った。そして「ぼく、漢字のこの部分の縦棒の数、よく間違うんだよなあ」と本人が気づいたとき。

「お、よく気がついたな」と、本人が能動的に学んだことに驚きの声をあげた。するとそれが嬉しいのか、よく観察するようになり、気づきをわたしに伝えるようになった。「そうそう、よく気がついたね」。するとその子は、自ら能動的に間違いやすい箇所をチェックするようになった。

それにより、漢字にはパターンがあり、それに従えば間違いにくくなることにも気づくようになった。私はそうした法則性に自ら気づいたことに驚き、それを伝えた。するとどんどん観察し、気づきを得るように変化した。それと同時に、漢字も覚えてしまった。

そう。本人が関心を持ち、観察し、気づきを積み重ねることが大切。指導者は、本人が能動的に関心を持ち、自ら関心を持って観察するようになり、自ら気づきを得ようとするように持っていく必要がある。それができたら学習は自然に成立する。どんどん吸収していく。

その子は中学一年・二年のときに学年最下位クラスだったが、三年生には真ん中より上になり、受験の頃にはトップ校を受験する子に近い点数をとるようになった。高校では常に学年トップクラスで、希望する大学に進学した。私は高校入学までサポートしただけだけど。

大切なのは反復ではない。本人の能動性。もし能動的に取り組む姿勢がなく、イヤイヤ取り組んでいたら、反復はほぼ全くと言ってよいほど効果を示さない。むしろ反復すればするほど苦痛が増し、その作業から心が離れ、さらに身につきにくくなる。大切なのは、本人の能動性を取り戻すこと。

本人の能動性を取り戻すには、指導者が
①本人のそばにいること
②「大丈夫、必ずできるようになる」と励ますこと
③本人の変化、差分に気がつき、それに驚くこと
が大切。すると子どもは自分の変化、成長に気がつき、その作業が楽しくなってくる。発見し、成長するというゲームとして。

反復が生きるには、本人が能動性を取り戻してから。能動性がないのに強制しても効果はない。しかも、能動性があるだけでもダメ。観察がないと意味がないのは、100回英単語を書き写して覚えられなかった友人の例を見てもよくわかる。

私はというと。学校の先生が「英単語集を、エンピツでなぞりながらサッサと読み通せ」と言ってるのを実践した。一つの単語に2秒もかからず読み通していく。一時間もあれば一冊を読み通せる。そして二度目のエンピツ読み。すると不思議なことに、サッと読み飛ばしただけのはずなのに見覚えのある単語が。

嬉しくて三度目のエンピツ読みをすると、意味のわかる単語がいくつも。こうして、覚えられるはずもないスピードで読んで、たまたまなんとなく見覚えがあるだけでもスゴいと思えるやり方でやると、自分でもよく見覚えしてるよなあ、と感心するから楽しくなって、何度も繰り返すのが苦痛でなくなった。

しかも、deやconなどが単語の頭につくと似通った意味があるらしいことにも気づくように。すると意識して観察するようになり、様々な気づきが得られるように。こうして、関心が観察を生み、観察が気づきを生み、気づきがあるから楽しくなる、というサイクルで、英単語をかなり覚えることができた。

どうせやるなら、能動的に楽しくなってくる学び方を。そうなるように学びの構造をデザインするのが指導者の腕の見せ所のように思う。「学習には反復が大切」と、十分な検証もせずに信じ込み、イヤイヤでは効果がないのに反復を強制し、よけいに嫌悪感を強める悪循環に陥ってないか。

やればやるほど自分で気づきが得られ、成長していることが実感できるようにするには、指導者がそばにいることで励まし、そして何か気づきを得たら一緒に驚き、ハイタッチする。すると、気づきを得ること、観察すること、能動的に取り組むことが楽しくなってくる。

そうした構造を、子どもに用意して頂きたい。

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