日本で食糧危機が起きる条件

食糧危機は一般に、凶作などで作物が育たず、食料が不足するから起きると考えられている。だから解決するには、その貧しい国で食糧をたくさん作れば飢餓は発生しない、と考えがち。ところがアマルティア・セン氏の分析によると、それでは解決しないという。

不思議なことに、飢饉が発生し、餓死者が出るような国は農業国。国民のほとんどが農民の国で、自分で食料を作っている国で、餓死者が出る。他方、日本のように国民のわずか1%しか農家がおらず、食料をろくに自給できていない国では飢饉が発生せず、大量の餓死者を出すこともない。なんという皮肉。

実は、大飢饉が起きた国でも、国全体としては食糧は十分存在する、とセン氏は指摘する。わずかに離れた場所ではそれなりの農業生産があり、隣の地域に食料を分配することさえできたら、餓死者はでなかったろうという。多数の大飢饉を分析して、どれも餓死者を出さずに済んだはずだ、と。

ではなぜ農民ばかりの国で餓死者が出るのか。皮肉なことだが、「非農業の産業がない」ことが飢饉を深刻にしている面がある。
農民ばかりの国では、食料を作ってもそれを買ってくれる人がいない。みんな自分で食料を作っているから。このため、自給自足的な生活になり、現金をろくに持たない生活。

そんな中、凶作が起きた地域があると、その地域の人たちは、普段から現金を持たない生活をしているから、いざ隣の地域から食料を調達しようとしても買うことができない。また、どこかで出稼ぎして現金を得ようとしても、非農業の産業が育っていないので、仕事がない。だから現金の稼ぎようがない。

やむなく、農業の基盤であるはずの畑や家畜、家を売るが、その地域では誰もが飢え、現金がないから同じようにして田畑や家を売ろうとするので、買い手がつかない。二束三文でしか売れず、それでは手にできる現金も少なく、やがて一文無しになり、飢えるようになる。これが飢餓。

店先にたくさんの食品が売られていても、それを買うことができない。この結果、餓死者が大量に発生してしまう。農業国では、誰もが農民なものだから現金を手に入れるチャンスがなく、飢饉が起きると打つ手がなくなる。お金のないところに食料を運ぶ商人もいない。こうして食糧危機は深刻化する。

私は、日本でも食糧危機が起きかねない条件がそろいつつあるのが気になる。以下のニュースでは「人材の奪い合いが生じることで、賃金の持続的な引き上げにもつなげたい」としているけれど、実際に起きるのは人材の捨て合いであり、賃金の持続的な引き下げが起きるだろう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/80333a938ea5400203f4d136236633f8a6159708

現金を手にしたくてもろくに仕事が得られない人々が大量発生する恐れがある。仮に日本が今後も国力を維持し、大量の食料を輸入することができても、現金を手にできない国民が大勢いる国になったとしたら、日本でも餓死者は発生しかねない。

戦後日本で飢饉や食糧危機が起きずに済んだのは、二つの条件が成立していたからだろう。①海外から大量の食料を買い付けるだけの経済力を日本が備えていたこと。②ほぼ完全雇用で貧富の格差が小さく、誰もが生きていくのに十分な現金を手にできること。この二つの条件が、日本から飢餓をなくした。

しかし、②の条件が失われつつある。いや、その条件を破壊しようとしている。しかも破壊に加担している人間が「日本人は文句ばかり言う」とぬかす。
https://newseveryday.jp/2023/06/18/%e3%80%90%e5%ae%9f%e6%a5%ad%e5%ae%b6%e3%80%91%e7%ab%b9%e4%b8%ad%e5%b9%b3%e8%94%b5%e3%81%8c%e7%b5%b6%e6%9c%9b%e3%80%8c%e6%96%87%e5%8f%a5%e3%81%b0%e3%81%8b%e3%82%8a%e3%81%a7%e8%87%aa%e5%88%86%e3%81%ae/

努力し、能力を高めたものは高額の賃金が得られる、という。しかし、そのために用意しているイスはごくわずか。ほとんどの人は座れないようにしてある。限られた椅子に座れなかった者は低賃金に甘んじろ、というのが竹中方式。この詭弁に日本人はずっと騙されてきた。

ごく一部の仕事だけ高賃金にし、そのほか大多数を低賃金に抑える。これが竹中方式。竹中方式は小泉政権以来ずっと続いていて、岸田総理は「新しい資本主義」というから改善するのかと思ったら、竹中方式を踏襲している。このままでは、多くの日本人が低賃金にあえぐことになるだろう。

もし日本の企業が今後も頑張り、海外との競争にも打ち勝ち、荒稼ぎしたとしても、上記の②の条件が崩れていれば、お金がないために食べるものも満足に買えず、飢える人がたくさん発生するだろう。竹中方式に同調する人々は、こうした社会になるのを加担することになる。

「努力して技術を高めればより高い賃金をもらうことができる」という竹中ロジックに私たちは騙されてきたが、保育士の仕事、運輸の仕事、介護の仕事、食品の仕事などなど、多くの仕事は極めて重要であり、その貢献度に応じた賃金をもらってしかるべき。なのにどうも岸田政権も、賃金を上げる気はない。

①日本企業が稼ぐ、②働く人々が十分な現金を手にできる、この二つの条件がそろうなら、日本で食糧危機が起きる心配はない。しかし、②の条件を破壊しようという動きが盛ん。これは非常に危険な兆候のように思う。どんな職業の人も、一定以上の収入が得られる社会を。そうでないと食糧危機は起き得る。

今、日本では、食べるものも十分でない家庭が増えつつある。学校行事に参加するお金が工面できない家庭が増えている。子ども食堂は全国で6000カ所を超えたという。日本の底が抜けつつある。いや、すでに抜けてしまったのかもしれない。日本に食糧危機が起きる条件がそろいつつある。

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