なぜアメリカは安く食料を輸出できるのか

アメリカが世界最強の国であるいくつかの理由の一つに、世界最強の食料輸出国でもある、という点があるように思う。日本はアメリカの安い小麦やトウモロコシ、大豆を大量輸入しており、その恩恵を受けている国の一つ。そしてそれを可能にしているのが、化学肥料。

「雑食動物のジレンマ」によると、化学肥料の登場でトウモロコシの収量は10倍になっているという(単位面積あたり)。品種の力もあるが、何より化学肥料のおかげと言ってよい(化学肥料と相性のよい品種を使っているという意味でも)。化学肥料が小麦やトウモロコシの生産量を大幅に押し上げた。

それだけたくさんの穀物を作れるなら、さぞかしアメリカの農家は儲かるだろう。何しろ大規模だというし。それについても「雑食動物のジレンマ」が指摘している。四人家族で妻に働きに出てもらい、自分は農作物の売上だけでは赤字で、政府からの補助金をもらってようやく家族を支えられる程度。

なぜこんなにも儲からないのか?「作りすぎている」からだ。化学肥料がなかった時代はトウモロコシの生産量は多くはなく、価格もそれなりに高かったが、化学肥料の登場でそれまでの10倍量作る農家が現れると、トウモロコシの価格が暴落。小規模農家はやっていけなくなった。

うちも大規模化しようと化学肥料を使う別の農家が現れると、さらにトウモロコシ価格が下落。こうして、化学肥料を使い、大型の農業機械を使って大面積を耕し、大量生産する農家ばかりになると、四人家族を農業だけで養うことができないほど儲からなくなった。1農家で129人分の食料作っているのに。

四人家族さえ養えないほど安い農産物は、アフリカの貧農でも太刀打ちできないほど安い。特にアフリカは食料援助の際に小麦の味を覚え、キャッサバなどの伝統食より小麦のパンを好むように。しかも自分たちで作るより安いとなれば、なおさら。

貧しい農家は、小麦などの穀物を作っても、アメリカの小麦が安すぎて勝負にならない。やむなく他の作物で儲けたいところだが、貧しい国は野菜のような腹の足しにならない食品にお金を出せない。かと言って小麦やキャッサバ作っても、儲かりゃしなくなってる。アメリカの小麦が安いから。

となると、農家は立ち行かなくなる。やむなく、欧米資本が始めたコーヒーなどのプランテーションの農場で賃仕事してなんとか生き延びるしかなくなる。
しかしコーヒーなどの商品作物の価格が下落すると賃金が減り、安いはずのアメリカの小麦さえ買えなくなる。

こうして、アフリカは飢餓が発生しやすい構造ができてしまった。家族を養うことができ、農業で食べていくことができる妥当な価格で小麦やキャッサバが売れたらアフリカの農家も生きていけるのに、アメリカの安すぎる小麦が流入することで「穀物農家をやってたら生きていけない」という構造が。

アフリカが自ら食料を作り、海外からの食料援助に頼らずにやっていけるようにするには、安すぎる穀物が入ってこないようになる必要がある。そして穀物が妥当な価格で売れ、農家が家族を養っていけることが必要。しかし安すぎる穀物が農家の生活を破壊。

じゃあアフリカの農家も、アメリカの農家みたいに化学肥料を使い、大量に穀物を生産して価格で対抗できるようにしたらいい、と思われるかもしれない。しかし、もしアフリカの農家まで大量生産したら穀物価格はさらに暴落し、経営をやってけなくなるだろう。しかも政府は補助金出す余裕がない。

アメリカが、アフリカの貧農でも太刀打ちできないほど安い穀物を作れるのは、アメリカ国民が非農業の部門で儲けたお金を補助金の形で農家に配ることができるから。工業やネット産業などの儲けを穀物の価格を押し下げるのに使えるから安く売ることができる。

非農業の産業が育っていないアフリカの国はマネしようがない。非農業が納めてくれる税金がなければ、農家に渡す補助金もムリ。アメリカやフランスなど、欧米先進国が海外に安く食料を輸出できるのは、非農業の産業が儲けたお金を農家の生活を支えるのにつぎ込めるから。

アメリカは恐らく戦略的に食料を安く輸出し、多くの国の胃袋を握ろうとしてきたのだろう。日本はそうした戦略の上に乗って、安い食料を手に入れてきた。しかしこのやり方、未来永劫続けられるかわからない。化石燃料の高騰が化学肥料の高騰を招くだろうからだ。

化学肥料の中でも最も重要な窒素肥料は、その原料の一つであるアンモニアの製造だけで世界のエネルギー消費の1〜2%にも上るという。大量のエネルギーを消費しないと化学肥料は作れない。なのに化石燃料の価格がどんどん上がっている。

太陽電池のエネルギーでアンモニアを製造する計画も立てられているが、それだとものすごく高い価格になる。今のところ、化石燃料のエネルギーで製造するアンモニアが圧倒的に安い。自然エネルギーで化学肥料を作ることは、現時点では全く採算が合わない。

バーツラフ・スミルという研究者によると、化学肥料を一切使わない場合、地球が養える人口は30〜40億人だという。現在の世界人口の半分。これは、有機肥料も元はと言えば、化学肥料で育てたトウモロコシから来ていて、それを食べた家畜のフンが有機肥料だったりするから。

化石燃料高騰で、もしアメリカが今まで通り大量に食料を作り続け、輸出し続けてくれるなら、日本はそれを輸入すればよいが、価格が高くなれば話は違う。しかも化石燃料高騰に合わせるように化学肥料も高騰を続けている。それに合わせて、穀物もさすがに価格が上がる可能性が高い。

どうやら、節目に来ている様子。アメリカもこれまでの世界戦略とは別の方法を考え始めているのかもしれない。だとしたら、日本は今の食料安全保障の考え方を大きく変えざるを得なくなる。これから、大変化の予感。

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