ローカル線と自動車文化の崩壊は食料危機を招く恐れ

鉄道のローカル線は、その多くが廃止されようとしているという。これまで鉄道会社は大都市路線の黒字で赤字のローカル線を維持してきたが、コロナ禍で電車に乗る人が減り、いよいよローカル線を維持できなくなったという。自動車文化もこれに拍車をかけた。しかしこれ、最悪のタイミングになるかも。

遠からず、自動車文化は維持できなくなる恐れがあるからだ。表向きは地球温暖化対策のため、ガソリン車を走らせないようにしよう、という話になっている。しかしどうやら実態は、「石油を絞り出せなくなっている」のであるらしい。

中東で石油を採り始めた頃は噴水のように石油が吹き出していたため、採掘に必要なエネルギーの200倍に相当する石油が採れた。しかし今や採掘エネルギーの10倍か、それ以下しか採れなくなってきた。シェールオイルは特に採掘にエネルギーが必要で、採算をとりにくくなっている。

エネルギー的に黒字にするには、採掘エネルギーの3倍は石油が採れないといけない。石油はそのままでは利用できす、ガソリンなどに精製する手間暇エネルギーが必要だから。近年、エネルギー的黒字がますます小さくなり、採算がとれない油田が増え、採算のよかった油田でも厳しくなりつつあるという。

そして驚くべきことに、トラックなどほとんどの運輸用自動車は石油で動いている。ほぼ100%に近い形で石油に依存している。石油の採算性が悪化すれば、事実上石油は採れなくなる。採っても儲からないのだから。しかし石油がなければ運輸はストップする。通勤用の自動車も動かなくなる。

「石油が採れない、だから自動車が動かない」という状況が思ったよりも早くに訪れる恐れがある。シェール革命と騒いだのはついこないだのようだが、この「革命」は、油田から無理矢理石油を絞り出すもので、採掘エネルギーがべらぼうにかかる。採算の目安である3倍の石油が採れなくなるのも早い。

石油が採れなくなり始めたことで自動車文化が維持できなくなる見込み。そんな時にローカル線廃止が検討されようとしている。これまでローカル線を利用せずに済んだのは自動車文化のおかげなのに、ローカル線が失われると同時に自動車を動かす石油も手に入らなくなる恐れがある。

日本の地方の多くが、交通手段を失うことになりかねない。地方は農業地域が多く、食料生産の場であり、都会に食料を送ってきた。しかし自動車が動かず、ローカル線まで失われると、人と物を運ぶ手段がほぼすべて失われることになりかねない。

日本では大規模農業が推進されている。大規模農業をしている人は、家族と都会に住み、職場である農地まで「通勤」している人もいるという。しかし石油が採れなくなれば、大半の人は自動車を動かせなくなる。となれば、自治体もわざわざお金をかけて道路を維持するお金を工面したくなくなる。

農地に通うまでの道路も崩れるに任せ、農地にたどり着きたくても行けなくなるようになるかもしれない。こうなると、田舎の農地はどんどん放置せざるを得なくなるかも。日本の農地の4割は中山間地。これらの多くを失うことになりかねない。

自動車が動かない上にローカル線廃止ともなれば、地方は人と物を動かす動脈を失い、血の通わない組織は壊死してしまうように、多くの地方が人の住めない場所として壊死してしまう恐れがある。しかもそこは食料生産の場として重要であるにも関わらず、「人の住もうとしない土地」として扱われる。

日本は一気に、急速に、食料危機が起きる条件を着々と揃えているように見える。タイミングを揃えているのではないかと思えるくらい、ありとあらゆる動きが歩みを揃えて。この難局を乗り越えるのは容易ではない。

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