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富士通の疑似量子コンピューター 最適解を支える現場 DXサービス事業部の中村和浩シニアディレクター 1995年に富士通入社。サーバー関連の開発に約20年携わり、2017年から疑似量子コンピューター「デジタルアニーラ」の事業化でプロジェクトチームを率いる。 膨大な情報を瞬時に処理できる次世代技術「量子コンピューター」。社会を変える可能性を秘めるが、事業化はまだ遠い。そこで 富士通が開発したのが疑似的装置の「デジタルアニーラ」だ。

量子の原理を応用した非凡な計算力を持つ。ソフトウェアテクノロジー事業本部の中村和浩(51)がプロジェクトを率いた。 「営業担当が複数の目的地を回る時、最短経路で移動するにはどうすればよいか」。一見、何の変哲もない問題に思えるが、実は最適な答えを選び出すのは至難の業だ。 ■スパコンしのぐ 目的地が数カ所ならいいが、10カ所あれば経路は18万通りになる。営業先が20カ所なら兆を超えて京単位の選択肢となる。「スーパーコンピューターでさえ膨大な時間がかかる計算を、瞬時に解いてしまうのがデジタルアニーラなんです」と中村は語る。 サーバー開発に携わっていた2016年、中村は上司の海外リポートに「デジタルアニーラ」という異質な言葉が登場することに気づいた。 尋ねると、富士通研究所がカナダのトロント大学と共同で開発した新技術という。中村は大学時代に制御工学を学んでおり、量子現象などを巡って上司と会話が弾んだ。 ただ「あくまでも知っていたのは基礎知識だけ。詳しいと思われたのか、気がつくと立ち上げメンバーのリーダーに選ばれていた」と笑う。 ■量子原理応用し実用化 そもそもデジタルアニーラは量子コンピューターの概念を既存のコンピューター上で模倣したもの。量子コンピューターとは違う。その代わり超電導を起こすための冷却装置など大がかりな設備は不要で、商用化への道は近い。 疑似量子コンピューター「デジタルアニーラ」の活用場面が広がってきた 中村のミッションは、いかに早く、企業などへの導入の道筋をつけるかだった。無数の選択肢の中から最適な組み合わせを効率よく導き出す「組み合わせ最適化問題」への対応力が売り物だが「この聞き慣れない言葉こそが、常に壁として立ちはだかった」。 17年春に5人程度で立ち上がったプロジェクトチームには、組み合わせ最適化問題に精通した社員がおらず、人材育成は喫緊の課題だった。すぐに研究所員を招いて勉強会を重ねた。「当社発の技術をいち早く実用化したいという高揚感があった」と中村は振り返る。 ■異例の急ピッチ開発 並行して中村が急ピッチで進めたのは、高い性能を引き出すソフトウエアの整備だ。カナダを拠点とする1QBit社が開発した量子コンピューター向けソフトに狙いを定め、交渉を始めた。 海外とのやり取りながら「問い合わせには基本的に即日返答」という、大所帯の富士通としては異例の対応を取った。契約締結にかかった期間は1カ月ほど。1QBit社に「富士通のスピードにはついていけない」と言わせるほどの熱の入れようだった。 人員やソフトの整備が進む一方、最大の難関は実際にどうやって企業などに関心を持ってもらうかだった。営業に出向いても、組み合わせ最適化問題という聞き慣れない言葉を伝えた途端、「それで結局、うちの業務にどう使えるんですか」という声が返ってくることがほとんどだった。 ■「組み合わせ最適化」を売る 「我々としても、実際にどういう活用方法があるのかは手探りだった」と中村は打ち明ける。営業担当に同行して顧客企業のITシステム部門を訪ねても、ビジネスの現場でデジタルアニーラを活用できる場面が見えてこない。 金融とIT(情報技術)を融合したフィンテック分野を狙い、数式に詳しい研究所員を金融機関に出向かせたが、業界の専門用語がわからずに立ち往生したこともある。 それでも営業担当や研究所員ら、富士通総出で売り込みを重ねた結果、ビジネスの刷新にデジタルアニーラを求める法人は増えていった。投資会社が資産運用の業務で、膨大な株式の組み合わせの中から最適な銘柄を選ぶ際に活用を始めた。創薬開発などにも導入が広がっている。 19年に米グーグルが量子コンピューターの開発を巡り、スーパーコンピューターを大きく上回る計算性能を証明して世界的な話題を集めた。国内外で同分野の技術開発競争が激しさを増す中、富士通はデジタルアニーラで事業化に向けた一つの道筋をつけた。 「さらに前進して次世代の世界を探っていきたい」。中村の疾走は止まらない。

#COMEMO #NIKKEI

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