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社員の新型コロナ感染 「公表したくない」にリスク 「社員が新型コロナウイルスに感染したら公表すべきでしょうか」――。企業がウイルス感染が判明した従業員について情報公開をどうすべきか苦慮している。危機管理や情報保護を専門とする弁護士にも多数の問い合わせが寄せられているが、「一律にこうすべきだ」というルールや判断基準はない。「できれば公表したくない」という本音があるなかで、経営者が判断を問われる場面も増えそうだ。

■「公表したくない」 国内でのコロナウイルスの感染が広がる中、企業法務弁護士の元には企業からの問い合わせが相次いでいる。 これまでのところ、感染情報の公表は地方自治体が中心となっているが、NTTデータや電通、JR東日本といった企業は社員などの感染を相次ぎ公表している。自社の従業員が感染した場合、企業はどんな判断を迫られるのか。 「感染者が発覚しても、できるだけ公表したくない、という意向を打ち明けてくる企業はかなり多い」。相談を受けている弁護士は口をそろえる。だが感染者の情報は噂などが一人歩きする可能性もあり、「隠した」とみなされれば、社会的に非難を受けるリスクがある。 情報をどう伝えるかに関しては、(1)社内への告知(2)取引先や近隣のテナントへの連絡(3)ニュースリリースなどでの外部公表――といった対応がある。危機管理に詳しい塩崎彰久弁護士は「感染の実態、対応措置の内容、企業のイメージや知名度、業態、事業に与える影響や資金繰りの状況まで総合的に考えなければならず、難しい判断が求められる」と指摘する。 ■安全配慮は義務 ルールを確認してみよう。労働契約法では、一般に企業は従業員への安全配慮義務を負っており、感染予防のために必要な措置をとらねばならない。具体的には、感染者が確認されれば、保健所と連携して経路や接触者の範囲を確認し、消毒や同じ職場の従業員の安全確保に必要な対応をとる。裁判例でも、安全に具体的な疑念がある場合は、安全配慮措置をとるべきだとされている。他の従業員などへの感染リスクがあるとわかったら、社内に告知することを前提に、その範囲や内容を個別に検討していくことになる。 例えば、賃貸テナントで働く従業員に感染者が発生した場合はどうか。不動産管理関連の相談を受ける影島広泰弁護士は企業のオフィスが複数入居しているなら、「ビル内での告知などはすべきだろう」と話す。共用部の消毒作業が必要なため、告知しないとビル内での噂や疑心暗鬼を招きかねない。 ■「告知」以上は企業判断 こうした職場や近隣などへの「告知」以上の公表レベルに踏み込むかは、「企業によって判断が分かれるところだ」(塩崎氏)という。従業員ではなく、自社の施設を利用していた顧客などの感染が発覚する場合もあるが、こうした事態も含めて大井哲也弁護士は「二次被害の防止や内部からのネットへの暴露などのリスクを考えれば、できるだけ速やかに事実関係を公表すべきだと助言している」という。2月中旬にNTTデータが協力会社の社員の感染を公表したのは危機管理の専門家から「異例で驚いた」という声が出るが、「公表によって信用を得られるケースもありそうだ」(影島氏)との見方もある。 ■プライバシーは 一方で、感染者のプライバシーや個人情報保護への配慮も必要だ。専門家の元には、告知や公表が「個人情報の第三者提供になるか。本人の同意なくして提供可能か、といった質問がきている」(大井氏)という。 個人情報保護法には、同意取得の例外規定が定められている。条件は人の生命・身体・財産の保護のために必要か、公衆衛生の向上などのために特に必要か、国や地方自治体が法令の定める事務を遂行する場合か――といったものだ。そもそも、個人が特定されないように公表内容を工夫すれば、影島氏は「大きな問題にはなりにくいだろう」とみている。もちろん、本人の同意を得られる方が望ましい。田中浩之弁護士は「感染者が出た場合の公表の方針を従業員にあらかじめ周知しておくといいだろう」と話す。 法務インサイド ビジネスに関係する法律やルールの最新動向、法曹界の話題などを専門記者が掘り下げます。原則隔週水曜日掲載。紙面連動記事も随時掲載します。 企業の危機管理の現場からは、2009年の新型インフルエンザ流行の際に作ったマニュアルが細かすぎ、「今回に当てはまらず、役に立たなかった」という声も聞こえてくる。 感染の状況も政府の方針も刻々と変化している。企業は感染者発生時の対応の方針を決めておかねばならない段階だ。塩崎氏は「リスクがゼロになる方法はない。不確実なことばかりだが、最後は(リスクに向き合う)経営者の判断、センスが問われる局面だ」と指摘する。

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