量子計算「グーグル超えろ」 先端特許、世界の頭脳競う 特許ウォーズ(1) グーグルが開発した量子コンピューター(米グーグル提供) グーグルが開発した量子コンピューター(米グーグル提供) 知識やデータなど「形なき資産」が重みを増すデジタル競争の時代。先端10分野の特許データを分析した日本経済新聞とアスタミューゼ(東京・千代田)の調査では、米国と中国の2強が激しく競う構図が鮮明になった。

全体像を示した「総集編」に続き、10分野のうち注目分野で繰り広げられる企業や国家の開発競争を追う。初回は「量子コンピューター」。 「グーグルのあの発表はすごいが、まだ逆転のチャンスはある」。東芝の後藤隼人主任研究員が語る「あの発表」とは、2019年10月にグーグルが発表した「量子超越」のことだ。最先端のスーパーコンピューターで約1万年かかる計算を量子コンピューターで約3分で解いたと発表し、世界を驚かせた。 量子コンピューターは人類が到達できる究極のコンピューターとされる。人工知能(AI)の発展で、今後飛躍的に増えるデータ処理を支える未来の計算基盤だ。世界の研究者たちは「グーグル超え」を狙いしのぎを削る。 従来のコンピューターとは根本的に違う計算方法で計算し、複雑に場合分けして何度も計算するような問題も一瞬で解ける。実現は難しいと研究が下火になっていた11年、カナダのDウエーブ・システムズが商用化し、開発競争に火が付いた。 ■特許の5割、米が握る 日本経済新聞社と知的財産データベースを運営するアスタミューゼの共同調査によると、17年の量子コンピューターに関する特許出願数は、米国が世界全体の52%を握り首位を維持した。17年までの累計出願数でも4割が米国発の特許だ。2位中国も米国を追うが、出願数は半分で米国の独走状態と言える。 累計の特許出願数を企業別に見ると、世界で初めて実用化に成功した老舗、Dウエーブが首位に立つ。一方、「14年まで」と「15年以降」のランキングは、顔ぶれががらりと変わる。 ■日本勢、トップ10から姿消す 14年までの上位10位には、NTTや東芝、NECなど日本勢が5位を占めた。NECが世界で初めて量子ビットを作るなど、量子コンピューターの研究ではもともと日本が先行。10年まで出願数で首位だった。ただ、国内では00年代に研究費が絞られ、リーマン・ショックが追い打ちとなり開発は下火になった。 15年以降の上位10位のランキングから日本勢は姿を消し、量子コンピューター向けの半導体を開発するインテルなど米企業が5社が台頭する。 Dウエーブの量子コンピューターは営業の最短ルートを選んだり、飛行機や電車の時刻表を作ったりする「最適化問題」に特化したものだ。グーグルは13年、Dウエーブの2番目の顧客として量子コンピューターを購入、開発を本格化した。 ■グーグル、「頭脳」取り込み偉業達成 転機は14年。この研究で先頭を走るカリフォルニア大学サンタバーバラ校からジョン・マルティニス教授をスタッフや学生ごとグーグルに迎え入れ、本格的な量子コンピューターの開発に乗り出した。そして19年10月、最先端スパコンの速度を上回る「量子超越」を達成したとの発表に至った。 グーグルが開発したのは最適化問題に特化したDウエーブと異なり「汎用型」のコンピューター。あらゆる計算ができる量子コンピューターの「本丸」で、世界の頭脳が開発を競う。 米IBMはコンピューターのビット数にあたる、量子ビット数はまだ少ないが、汎用の量子コンピューターをクラウド経由で提供し始めた。日本でも開発中の量子コンピューターを設置し、東京大学と連携して研究・開発を進める計画だ。 ■「グーグル超え」競う 特許の「質」に着目しても、米スタートアップのリゲッティーなど汎用型の開発を目指す米企業が並ぶ。質、量ともに強さが際立つ米国だが、将来にわたり盤石とは限らない。 グーグルのコンピューターの量子ビットの数は53で、実用化には百倍、千倍と増やしていく必要がある。東芝の後藤隼人主任研究員は「今のままでは難しく、さらにいくつかブレークスルーが必要だ」と話す。それを見つければまだ挽回が可能だ。質ランキングで3位の東芝はそこに向けた理論研究を強みとする。 NECはDウエーブに出資する計画があるほか、産業技術総合研究所と共同で量子コンピューターの開発を目指す。NTTもレーザー光の量子論的な性質を使って最適化専用型の独自の量子コンピューターを開発している。両社は基礎的な重要特許を多く抱え、再起をうかがう。 ■2位中国、「国防」「宇宙」で急伸 人工知能(AI)や再生医療など先端10分野の特許ランキングのうち、中国は量子コンピューターでのみ米国に首位を譲った。だが、沈黙している訳ではなさそうだ。 量子を計算に使うのが量子コンピューター。一方で量子技術は通信や暗号分野でも次世代テクノロジーとして注視されている。中国が注力するのがこの分野だ。 科学技術振興機構研究開発戦略センターによると、中国で出願された量子技術の特許は量子暗号・量子通信に集中している。盗聴不可能な通信や暗号を作れるため、人工衛星との通信や国防の観点からも重視される。華為技術(ファーウェイ)などの出願が多い。 中国は北京と上海を結ぶ全長2千キロメートルの通信や、人工衛星「墨子」と地上のやり取りなどスケールの大きな量子通信実験に成功した。北京~上海の中継時に盗聴可能な従来の信号に戻っており、量子状態のまま中継する技術を持つNTTなどに比べ技術力が圧倒的とは言えない。 ■資金力と人材の総力戦 国主導の投資も活発だ。中国は16年からの「科学技術イノベーション第13次5カ年計画」で量子関連を重要分野と位置づけ、投資額1兆円規模とされる研究拠点を建設中だ。米国では18年に国家量子イニシアチブ法が成立し、5年で約1400億円の予算がついた。さらに21年度予算案に、2年で950億円と1年あたりの研究費を倍増する計画を盛り込んだ。 EUでも「量子マニフェスト」で10年で1250億円の予算がついている。日本政府は20年から量子暗号も含めた量子技術への研究予算を年間300億円に倍増する方針を示す。 研究者や技術者の地力も問われる。グーグルが「量子超越」を発表した論文に名を連ねた70人超の中には多くの技術者がいた。「あの規模の技術者がいる研究室と同じことはなかなかできない」とNTT物性科学基礎研究所の後藤秀樹所長はこぼす。 日本は長年の蓄積から幅広い技術分野の研究者が国内にいるが、複数の研究所に散っており、技術者との協力関係も薄い。巨額の投資で人を集める米中と競うには研究体制の見直しなども進める必要がありそうだ。 量子コンピューターで次世代の競争を制するのはどこか。資金力と人材の総力戦になる。

#COMEMO #NIKKEI

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?