宇宙平和利用委員会にユネスコ代表として出席
国連の専門機関であるユネスコは、国連本部の総会資料もすべて保管している。(今はウェブ上で公開されているので、誰でも読める。)資料を読みはじめて最初に驚いたのは、日本人が「国連」と呼んでいる国際組織は、正式名称(中国語)が「連合国」だったということだ。戦勝国が戦後支配を行うために作った組織だったのであり、だからこそ国連憲章に旧敵国条項*が今もあるわけだ。日本の外交資料は、状況に応じてUnited Nationsを「連合国」と「国際連合」に訳し分けている。これには衝撃を受け、何日も思い悩んだ。
国連総会に「宇宙平和利用委員会」があり、その下に法律小委員会と科学技術小委員会がある。それらの委員会議事録を、初回に遡って全部目を通してみた。国連の文書をひとつだけ読んでも何も理解できないが、通史的に読むと見えてくることがある。
たとえば「宇宙平和利用委員会」というと、加盟国が協力しあって宇宙を平和目的で利用するための議論が行われているのだろうと、たいていの人は想像するだろう。だが、そこで展開された議論を読んでいくと、主権の及ばない宇宙空間を軍事的に利用するのは各国の自由で公開する必要はないという暗黙の了解のもと、各国がそれぞれにあたりさわりのないことをもっともらしく国連総会で議論してきたことがわかった。
国際会議はまさしく「会議は踊る」だった。国際政治の現実は厳しいとわかったうえで、淡々と資料を読み進めた。すると、ニューヨークの国連・宇宙部が、南米・アフリカ・西アジア・南アジアの4つの地域にリモートセンシング技術の地域研修センターを設立しようと何年も前から準備していることがわかった。センター誘致を希望している国はたくさんあり、各地域から設置する国を一つ選ぶ時期にきていた。
それなら、誘致できなかった国が少ない予算で、自国の観測データを集めたデータ利用センターを設置するプロジェクトを書いてみようと思った。自分がそれまでに学んできたことをうまく組み合わせると、少ない予算で実用性のあるプロジェクトができる気がした。
人工衛星の観測データは、1972年に観測を始めたランドサット1号以来、世界各地の保管庫に眠っている。今それをパソコンで処理できる。自国の領土を観測した衛星データを世界中から集めて、国内にデータ利用センターを作る。そこに画像解析の専門家が待機していて、農業、林業、環境、都市開発、地域開発の専門家が国家的な規模の問題意識を携えてやってくると、衛星からのマクロな視点にもとづく解析が行える。なんて素晴らしい発案なんだろう!
まずA4で8ページの英文のプロジェクト提案書を作った。フランス人の秘書の協力を得て、そのフランス語訳も作った。そしてアジア、アフリカ、南米の加盟国に、僕が署名した手紙をつけて郵送した。(予算の足りないユネスコでも、手紙は自由に出せた。)すると、いい考えだ、ぜひ実施してみたいという手紙がいくつも返ってきた。
国連本部にも加盟国向けの手紙を添えて提案書を送ると、折り返しファックスが届き、宇宙平和利用委員会の科学技術小委員会に出席するように言われ、ニューヨークに出張することになった。ユネスコ代表としてこの委員会で提案書について発表すると、同席していた食糧農業機関(FAO)やアジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の代表から賛辞が寄せられた。
(この記事を書いている今日(2023年2月6日)、偶然にもニューヨークで宇宙平和利用委員会科学技術小委員会が開かれていた。トップ画像はそのWEBTVから。)
僕は、ユネスコに採用されて半年足らずのアソシエートエキスパートであることも忘れて、宇宙の専門家として持っている力を出し切ることだけを考えていた。自分がこれまでやってきたことが世界の人々のために役立つに違いないという予感がしてとても嬉しかった。
*参考まで、旧敵国条項とは、
第53条〔強制行動〕 1 安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、適当な場合には、前記の地域的取極又は地域的機関を利用する。但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、第107条に従って規定されるもの又はこの敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、関係政府の要請に基いてこの機構がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。2 本条1で用いる敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される。
第107条〔敵国に関する行動〕
この憲章のいかなる規定も、第二次世界戦争中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない。
などである。