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岡本太郎の「生命の樹」の前方誤り訂正 (2)  原生動物はいつ生まれたのか

 生命の樹は「岡本太郎が構想した高さ41メートルにおよぶ巨大造形」である。
「天空に伸びる1本の樹体に、単細胞生物からクロマニヨン人まで、生物進化をたどる33種もの”いきもの”がびっしりと貼りつく独創的なインスタレーションで、世界にも類がありません。」(「ようこそ太陽の塔へ 展示概要」より)
 

生命の樹に置かれた33首の生き物たち

 地球上にはたくさんの種が存在しているのだから、それを33種類で代表させようという企てを、「浅い」とか、「いい加減」と思ってはいけない。33という数字には、すべての生命という気持ちが込められている。(三十三間堂の33と同じ)

 生命の樹の一番下の基部で、見学者が最初に出会うのは、単細胞の原生動物である。

 ここで、僕は、「これはオカシイ」と思ったのだった。地球上で生命が誕生したのは、約40億年前(38億年前ともいわれているが)である。それはいい。しかし、そのときに生まれたのは、単細胞だが核をもつ真核生物(原生動物)ではなく、細胞内に核を持たない原核生物(バクテリアなど)であった。真核生物が誕生するのは、それよりも20億年も時代を経た、今から20億年前のこと。
 これは進化生物学においては、基本中の基本といっていいことだ。どうしてこんな基本的なところで間違いが放置されているのだろう。

核を獲得した真核生物の複雑さは1億倍

 バクテリアとアメーバは、どちらも単細胞生物である。しかし、バクテリアは、核をもたない原核生物。アメーバは、核をもつ真核生物。原核生物と真核生物の原生動物は、どちらも単細胞生物だが、後者は核をもつおかげで、1億倍くらい複雑になっている。
 どこがどう複雑かというと

① 原核生物のDNAは細胞質のなかにあって、一重の環状構造をもつ。DNA量は、およそ2万塩基対である。
 真核生物のDNAは核のなかにあって、二重らせん構造をとる。DNA量は数十億塩基対である。(ここで複雑度が10万倍ある)

② 原核生物のDNAは、RNAに転写されるとすぐにアミノ酸に翻訳される。だから単純なタンパク質しかつくれない。
 真核生物のDNAがRNAに転写されると、それは、メッセンジャーRNA前駆体と呼ばれるRNA列になる。それは、タンパク質に翻訳されるゲノム部分(エキソン)と、翻訳されないけれどもゲノムを修飾する文法的部分(イントロン)とに分かれる。メッセンジャーRNA前駆体は、核内で、エキソンとイントロンに分離して、修飾が行われて、メッセンジャーRNAとなって、核膜を通過して、細胞質内に送り込まれ、そこでアミノ酸へと翻訳される。その結果、複雑なタンパク質が作り出される。

③ 真核生物は、葉緑体やミトコンドリアなどの原核生物を、細胞質内で飼育する。真核生物は、飼育している原核生物のDNAの一部を核内に保有して、原核生物の代謝や増殖などの生命活動の管理を行っている。(ヒトが家畜を飼育しているのと似ている?)

核はいつどのようにして生まれたのか

 生命が生まれた時期が40(38)億年前だというのは、後期重爆撃期(41億年前から38億年前まで続いた、地球に数多くの隕石が衝突した時期, Late Heavy Bombardment)の後である。
 このとき、おそらく、突然変異によって細胞膜が生まれ、膜内に低雑音環境を生み出した。細胞膜は、タンパク質が埋め込まれた脂質二重層によって構成されている。この脂質二重層が、外部環境から細胞質を保護することによって、低雑音環境が提供される。
 細胞のなかにしか存在しないDNAやRNAなどの核酸は、細胞膜が生まれた後で、遺伝情報を伝達し、長期保存するために生まれたのだろう。
 
 核膜が生まれたのは、今から20億年前のことである。ユネスコ世界遺産であるフレデフォートドーム(南アフリカ)は、広島原爆1000万発分のマグニチュード14の破壊力で、小惑星が地球に衝突した跡である。
 おそらく生存環境は非常に悪化して、たくさんの生物が死滅した。そのような環境において、突然変異によって、細胞膜を内側に嵌入させて、もう一重の膜をつくりだした生物がいた。それが真核生物である。
 

真核生物はなぜ跳躍的に進化したのか

 原核生物に比べて、真核生物が、ざっと1億倍もの複雑な進化をとげた理由は何だったのか。生物学者も、進化学者も、その理由をまだ解明できていない。
 おそらく、情報理論が、それも熱力学的なエントロピー概念を取り入れた情報理論だけが、そのメカニズムを説明できる。ひと言でいうと、それはS/N利得(S/N gain)のおかげである。
 我々の日常生活においてもっとも身近な「S/N」は、スマホや携帯電話の画面上にあって、圏外か、アンテナ1本か、5本かを、表示しているアンテナピクトである。

アンテナピクトはS/Nを表示する 圏外と5本の差が80dBというのは1億倍ということ
【-50 ー(ー130)= 80dB】 80デシベルは10の8乗ということ

 生命進化は、大量絶滅時に、突然変異によって、低雑音環境を獲得した生物におきる。環境が良好な状態に復元したとき、核という低雑音環境が進化を生み出す培養器として機能するからだ。


 核内でDNAが二重らせん構造をもつのも、メッセンジャーRNAという複雑な情報にもとづいてタンパク質を産生するのも、細胞質内でバクテリアを家畜化するのも、核という低雑音環境をもったおかげである。
 原生動物が地球上に登場するのは、20億年前なのだ。この生命の樹の展示の表記は間違っている。(続く)


 


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