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ポピュリズムの毒

森本あんり氏の『異端の時代――正統のかたちを求めて』(岩波新書)の終章に、「宗教的情熱と善悪二元論」と題されたくだりがある。

ポピュリズムというものが持つ〝毒気〟が、端的に分かりやすく記されていて蒙を啓かれた思いがする。
そして、とりわけSNS時代の今日、知らず知らずこの毒気に深く魅入られている人は少なくない。

ポピュリズムは反知性主義と同じく、宗教なき時代に興隆する代替宗教の一様態である。
ポピュリズムの宗教的な性格は、その善悪二元論にも明らかである。政治は本来、妥協と調整の世界である。一方的な善の体現者もいなければ、一方的な悪の体現者もいない。
しかし、ひとたび全国民の「声なき声」を代弁する立場を襲うと、彼らの闘争には「悪に対する善の闘争」という宇宙論的な意義が付与され、にわかに宗教的な二元論の様相を帯びる。だからポピュリストの発言は、妥協を許さない「あれかこれか」の原理主義へと転化しやすいのである。
市井の人びともこれを歓迎する。善悪二元論的な世界理解は、日頃抱いている不満や怒りを、たとえ闘争とは事実上無関係であっても、そこに集約させてぶつけることができるからである。それによって人びとは、自分にも意義ある主体的な世界参加の道が開かれていることを実感する。
つまり、ポピュリズムは一般市民に「正統性」の意識を抱かせ、それを堪能する機会を与えているのである。人びとは、匿名であるままに、みずからを安全な立場に置いた上で、この正当性意識を堪能することができる。
(『異端の時代――正統のかたちを求めて』)


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