Y4553 #2 カヨ

 カヨは中野坂上で、女友達とルームシェアをしている。
ボクが遊びに行く度にカヨは何かしらの料理を振舞ってくれる。

「尽くしますねえ。」

 カボチャをマッシャーで潰すカヨを見て、ルームシェアの子が言う。
尽くされているということと、カヨが"尽くす"タイプだということは今知った。
もちろん感謝がないわけじゃない。
こんなボクに何かを作ってくれる人がいるなんて身に余る想いだ。
ただ、料理="尽くす"という感覚がそれまで結びついていなかった。

 今ボクは尽くされている。

 彼女たちのルームシェアは、キッチン兼リビングが共用スペースになっている。
そこで三人がそれぞれ好きなように時間を過ごしている。
いや、少なくともボクは緊張による萎縮で好きなようには過ごせていない。
それに二人もボクが居るせいで過ごしづらい可能性が大いにある。
余所者らしく出来るだけ存在を狭めながら、二人の会話に耳を澄ましている。

 カヨは今日の料理の材料にまずカボチャを選んだ。
理由は至ってシンプルで、ボクが好きな野菜がカボチャだからだ。
 中野坂上までの帰り道、スーパーの前に差し掛かるとカヨが聞いてくる。

「君、なんか好きな野菜ってあるかな。」

「カボチャ…」

 ボクがそう答えたせいで、カボチャが早速カゴに入れられる。

「明日はピクニックでもいく?サンドイッチ作るよ。ほら、アボカドも売ってるし。」

 カヨが嬉しそうに言う。
アボカド入りのサンドイッチ?お店でしか…下手したらお店でも食べたことがない。
それが家の中、しかも個人の手で生み出すことができるという摩訶不思議な現象に感銘を受けざるを得ない。

 カボチャのマッシュを作っているカヨからはとにかく生活力みたいなものを感じた。
ルームシェアをしようという発想も、カボチャをマッシュしようという発想も、ボクには存在しなかったものばかりだ。
遥か西の方からわざわざ上京してくるくらいだ。
生活力があるのなんて当たり前なのかもしれない。
当たり前だとしても尊敬の念が湧く。

 当時のボクは恋人が二人いる状態だった。
 (こんなこと誰にも言えないのではないか?)というプレッシャーの中、この人には言っても大丈夫なのかもしれないという安心感がカヨにはある。
実際に打ち明けてみると、それが別に妄想ではないことがわかる。

「まぁいいんじゃない?それに私は別に三人目でもいいよ。」

 確かにカヨはそう言った。
重苦しい言い方ではない。
好きな野菜を聞いてきた時くらいの軽やかさ。
"二人目でもいい"というセリフならどこかで聞いたことがある。
でもどうやら、三人目と言うパターンもこの世にはあるらしい。
 カヨが優しさでそう言っているわけじゃないことくらいはわかる。
打算、一番愛される一人になるための方法論が見え隠れする。
カヨが持っているのは生活力だけじゃなく、そういう人間的な強さだ。
これが脆さを隠すための強がりの可能性もあるのだろうか。

 今日はカヨがボクの仕事終わり、仕事場迎えに来てくれることになっている。
しかし雲行きがどんどん怪しくなっていく。
天気は大荒れの予報だった。
こんな日に迎えに来てもらうという申し訳なさを抱えつつ退勤した。
職場の前のちょっとした屋根の中、カヨを見つける。

「お疲れ様。帰ろっか。」

 カヨと二人で傘を差し歩き始めた。
歩き始めて5分くらいで、とてつもない横風を喰らい傘が壊れる。
ボクもカヨもずぶ濡れだ。

 眼前の高層ビル達がいつもより大きく感じた。
自分らの存在なんてちっぽけなものだ。
元々分かりきっていることでも、この雨と風に後押しされ、より心に染み込んでくる。

(ああ…なんかもうどうにでもなったらいいのにな。)

 人生で何百回目かのそう思った日だ。
もしかしたら多分、カヨも同じことを思っている。


Y4553 #2 カヨ

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