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澪標 [完結]

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「ピアノを拭く人」の番外編です。彩子の同期 鈴木澪が主人公で、コロナ禍の恋愛も描いています。
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#一目惚れ

澪標 2

澪標 2

 私の人生で、「恋に落ちる」という言葉が、あれ以上ふさわしい瞬間は、これまでも、そしてこれからも訪れない。私はあなたと出会った瞬間、理由など考える余地もなく恋に落ちた。

 何年か前、彩子と帝国劇場でミュージカル「レ・ミゼラブル」を見た。理想に燃える青年マリウスが、コゼットに一目ぼれし、その気持ちを歌う「プリュメ街」という歌があった。あのときは、彼の高揚感に、暗い客席で苦笑いを嚙み殺した。だが、あ

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澪標 4

澪標 4

 コンビニを一歩出た瞬間、湿度の高い熱気に襲われ、息苦しさを覚えた。私は店内に引き返したい衝動に抗い、昼食に買ったおにぎりとサラダの袋を持ち直すと、会社に戻るために炎天下を歩き出した。

 交差点まで数メートル歩いただけで、汗でブラウスが背中に張り付きそうだった。今朝吹き付けた石鹸の香りの制汗スプレーなど、何の役割も果たしていなそうだった。交差点の対岸に陽炎が立つのが見え、ますます気が滅入った。

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澪標 7

澪標 7

 東京に帰る新幹線の座席に落ち着くと、あなたは膝の上で手を組み、背筋を伸ばして切り出した。

「これから話すことは、あなたの胸に収めて、絶対に口外しないでほしいんです。志津にも話していません。あなたが、口外するような人ではないことはわかっていますが」

 私は「約束します」と答えた。何も言わなくても、あなたに伝わっている確信があったが、敢えて言葉にした。

「妻と出会ったのは、修士課程を修了して就

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澪標 8

澪標 8

 送別会の宴席を抜け出し、障子を後ろ手で閉めると、喉に酸っぱいものがこみ上げてきた。朝から喉がいがいがし、胃のむかつきもあったのに、上司に注がれたビールを無理に飲んだからだった。

 しんと冷えた廊下の空気を深く吸い込んだ。宴の喧騒を背中に、私は化粧室を探そうと廊下を歩いた。ほのかにライトアップされた形ばかりの中庭に、小さな石灯篭が据えられていた。それを見て、あの宮島の夜を思い出した。もうすぐ、宮

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