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【シューマン、ショパン…そして私】守永由香×篠村友輝哉 「音楽人のことば」第2回 前編

「音楽人のことば」第2回はピアニストの守永由香さんです。守永さんは、桐朋で同じ岡本美智子先生に師事した後輩です。私は彼女の演奏が大好きで、対談でも触れていますが、本当に感銘を与えていただいています。年齢こそ下ですが、尊敬している人物です。私の学部3年次のコンチェルト試験で、ブラームスの協奏曲第1番のオーケストラパートを弾いていただいたことは、学部時代の特に印象的深いできごとの1つで、あんなに素晴らしい人に自分はオーケストラパートをお願いしたんだなあ…と時折思い返しています(笑)。
 岡本クラスの新歓や懇親会などでもよく同席しましたし、彼女とは様々なシーンで関わってきたわけですが、意外と、じっくり音楽について話したことがなかったので、この機会にお声掛けしました。特定のテーマについてというより、守永由香という音楽人を掘り下げていくような対談になりましたが、1つ1つの演奏に真摯に向き合っている彼女の飾らない率直な思いが感じられる内容になっています。

守永由香(もりなが ゆか)
桐朋女子高等学校音楽科を経て桐朋学園大学音楽学部卒業。現在、同大学ソリスト・ディプロマコース在学中。第85回日本音楽コンクール入選。第67回全日本学生音楽コンクール高校の部東京大会第2位。第15回ショパン国際ピアノコンクールin ASIA高校生部門アジア大会銅賞。第7回桐朋ピアノコンペティション第2位。皇居内桃華楽堂にて御前演奏を行う。これまでに、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、桐朋学園オーケストラと共演。2017、2018年度(公財)青山音楽財団奨学生。現在、岡本美智子氏に師事。

ーー葛藤を表現へのエネルギーに変えて

篠村 少し前の話になるけど、4年前、桐朋コンクールの本選での――もちろんハイドンのソナタも素敵だったんだけど、特に――ショパンのノクターンとシューマンのソナタ、日本音楽コンクールの本選でのシューマンのコンチェルトの演奏がすごく印象に残っていて。ちょうどその時期って、音楽とのかかわり方がわからなくなっていたというか…音楽は好きなんだけれど、人前で演奏するのが嫌になって、本当にこの道を選んでよかったんだろうかとかいろいろ悩んでいた時期だったのね。プライベートでもうまくいかないことが続いていたし、苦しい時期だった。その時期にいろいろ考えたことで、かなり音楽に対する、人生に対する考え方が深まったのだけど、当時はコンクールなんかで同世代の人の張りきった演奏を聴いたりすると、「世の中には弾ける人がこんなにいるのに、どうして自分が弾く?」と卑屈になっていた。でも、守永さんの演奏を聴いても、そういう気持ちにまったくならなかったのね。素直に音楽で胸がいっぱいになった。守永さんはすごいなあと思って。

守永 いやいや…その年は他のコンクールも受けてきていたので、日本音楽コンクールのときにはもうほとんどバテていた(笑)。そもそもそれまでは、長い時間弾くという経験がなくて。桐朋コンクールの本選が、初めて30分以上ソロで弾いた機会だった。日本音コンは本選に残るとも思っていなかったし、一次を通ればいいくらいの気持ちだったのが、あれよあれよという間に進んでしまって…三次から本選の間の1ヶ月も、練習はしていたけど、実感がわいていなかった。すごくよく弾けたという感じでもなかったけれど、気持ちとしてはこれが精いっぱいかなという感じではありました。あとから考えれば思うことはありますが(笑)、あの時はあれが精いっぱいだったなと。

篠村 日本音コンの本選はオーケストラとの共演だけど、あの時は初めてだったんだっけ? 演奏前の心情はどんな感じでしたか?

守永 日本クラシックコンクールの受賞演奏会でショパンの2番の1楽章を弾いたことと、その桐朋コンクールの副賞で、大学のガラコンサートで小編成のオケとシューマンを弾いたことがありました。
 オーケストラと弾く、ということもありますが、本選って、ものすごい人(聴衆)の数じゃないですか(笑)。だから、ありがたいと思うと同時に、嫌だなあとも思っていましたね。

篠村 いま話してくれた、自分の置かれている状況に、自分の気持ち追いついていかないということと同じようなことを、以前SNSにも書いていたと思うんだけど、それを読んだときに、その矛盾というか葛藤が、守永さんのあの表現のエネルギーを生み出していたのかなと思ったんだよね。表現の世界にのめりこむ人って、どこかに矛盾を抱えていて、それを持て余しているようなところがあると思う。辛いんだけど表現したい、表現したいんだけど苦しい。というような。

守永 エネルギーになっていたかは自分ではわからないんですが(笑)、でも、本番は迫ってくるものなので、やるしかない、というのはあったんじゃないですかね。例えば、カワイ表参道のサロンでのリサイタルが、それらのコンクールによっていただいた一番大きなイベントだったと思うんですけど、みんなに「そういう人」だと思って聴かれるじゃないですか。だから、すごく感動するほど上手、というのは無理だろうけど、あれで選ばれてるの?と思われたらまずい、とは思っていましたね。学校の試験でも、(入賞後、入選後は)上手ではなくても、「弾けない」(音楽性以前に単純に演奏能力が足りない)というのはあり得ないと思われている(そういう耳で聴かれている)だろう、というのがありましたね。そんなに経験がないのに、いきなり(肩書がついたとたんに)弾けるようになりなさいと言われても、「変わってないのに」という感じでした(笑)。

篠村 守永さんの活動の支柱の1つにアンサンブルがありますよね。アンサンブルが、その辛い中で音楽を楽しめるものにし続けてくれたと以前言っていたと思うんだけど、音コンの本選会の演奏でも守永さんのアンサンブル力が発揮されていたと思う。オーケストラとの調和が美しかった。ソリストだからもっと主張がとかいう人もいるかもしれないけど、シューマンのコンチェルトは作品自体が室内楽的だし、コンチェルトとは言ってもあくまでもオーケストラとのアンサンブルであって、オケが伴奏なわけではないからね。

守永 (本選会は緊張していたけれど)単純に、一人より二人や数人の方が気が楽というものあるんですけど(笑)、合わせることがあまり苦じゃないんですね。ソロは素晴らしいのに、アンサンブルになると急にどうしたの?というくらい変になる方もいますよね。それは別に悪いとかじゃなくて、そういう人の多くは、合わせるのがあまり好きじゃないというか、自分の音楽が確固としてあって、そこから逸脱するのが好きじゃないのかなという印象があります。私は、もちろん相性はありますけど、アンサンブルのなかであまりストレスを感じたことがなくて。逆に言ってしまえば、相手の音楽に乗っかる方がやりやすいのかもしれません。

ーー大好きなシューマン

篠村 シューマンは守永さんのレパートリーの中心で、もちろんお好きな作曲家であるわけだけど、改めて、シューマンのどんなところが好きですか?

守永 シューマンって、退屈でくどくて地味で…っていう印象になりがち、きれいだけど、同じこと何回も繰り返すし、みたいな印象がもたれやすいと思うんですけど、その派手さのない主張が、すごく心に響くのかな、と思います。あのくどさも、そんなにくどいと思わず、毎回新鮮に思えるんです。

篠村 カッコつけてないというか、非常に率直な音楽だよね。割り切れない想いをそのまま吐露しているような。感情や熱情が止めどなく溢れ出してくるようなところに惹かれます。彼の、フロレスタンとオイゼビウス(*シューマンの音楽における熱情的な面と内省的な面を、彼自身がそう呼んだ。フロレスタンはが熱情的、オイゼビウスが内省的)がせめぎ合うことで生まれる濃密なエネルギーが、守永さんの葛藤から生まれるエネルギーと重なるような気がしていて。だからシューマンと守永さんは響き合うのかなあと。それから、シューマンは脆いまでに繊細な人だったと思うけど、守永さんの演奏も、非常に繊細な人の演奏だと思います。

守永 繊細というか、割と気にしいというか、1つのことを気にしすぎちゃうときはありますね。例えば「あのときちょっと言いすぎちゃったかな」とか一度思うとずっと気になってしまったり。それで、結局まったく気にされてないんですけど(笑)。でも、何も考えてないときもありますよ(笑)。

篠村 特に好きなシューマンの曲は?

守永 最近やった「夜曲」作品23は本当にすごいと思います。(単純に)すごく好きだし、シューマンって作品1のアベック変奏曲からこの作品23まですべてピアノ曲なんですけど、作品1から22までの要素が、この作品23の15分のなかに凝縮されているという気がします。あまり有名ではないし音数も少ないけれど、シューマンらしい、最近のお気に入りです。

ーー苦手だけど大切なショパン

篠村 5月25日の演奏会(カワイ表参道サロンでのランチタイムコンサート。※公演は延期になりました)は、オールショパンプログラムですね。ショパンに関しては、僕のコンチェルト試験に向けた合わせのときに、「ショパンに苦手意識がある」と話していたのを覚えているんだけど、それは今でも変わらず?

守永 そうですね…あんまり…(笑)。弾く機会としては多くて、曲数としても多くやってるし、大事なレパートリーではあります。すごく好き、ではないけれど(笑)。

篠村 あんなに素晴らしいノクターンを弾く人が(笑)。どんなところがしっくりこない?

守永 世間一般的にはシューマンの方がくどいと思われいるのでしょうけど、私にとってはショパンの方がくどいと感じるんですよ(笑)。まるで見せびらかすようにくどいというか、派手にしようとしているくどさというか…でも結局そんなに派手ではない…みたいな(笑)。

篠村 ショパンの方が、シューマンよりストレートではないというか、自分の本心を言い切らないというか…もちろん表現しているんだけど、言いたいことを品よく、華を添えて言うというか。生々しい感情も、あくまでも美しいベールに包んで表現している感じがあって、そこが引っかかる人は引っかかるのかなとは思っていて。

守永 まさにそうかもしれない。

篠村 ショパンは一番最初に好きになった作曲家で、中学高校のときにのめりこんでいたのだけど、大学1年のときにソナタ2番を弾いて以降、相変わらず好きではあるんだけど、自分に向いてないような気がして距離を置くようになって。でも、最近またよく聴いたり弾いたりしていて、あの独特の美意識というか、本心を他人に明かさない、孤高の感じが以前よりわかるようになった。ショパンかシューマンかと言われたらシューマンだけど、ショパンが昔より深い次元で好きになったのね。だから守永さんも、時間の経過とともにショパンへの気持ちが変わるかもしれない(笑)。それだけ弾いているし。

守永 そうですね(笑)。これだけ弾いてて、周りにすごく好き、ではないんだよねって言うと、ええーっていわれるんですけど(笑)。ただ、すごく好きじゃないから、あまりのめり込まないで弾けるというのはあるかもしれません。それで、数多く弾いていて感じたことは、初期から晩年にかけて、曲調は変わってきても、演奏する上でのポイントはあまり変わらないのかなと。右手のメロディはもちろん美しいんですけど、基本的には左手が命ですね。どの曲も。
 それから、ショパンを弾くことで学んだことが、他の作曲家に取り組むときにも生かせるんですね。ショパンはピアノをやる上でやっぱり大切だし、重要なんだなと。彼の影響力の大きさも感じます。

篠村 左手はバスと和声を担っているからね。そのメロディの美しいフレーズを目的地に向かって運んでくれるものがバスと和声で、それを担っている左手はおのずと重要になってくるよね。
 アルゲリッチ(*マルタ・アルゲリッチ:アルゼンチンのピアニスト)が、素晴らしいピアニストは必ずしもショパン弾きとは限らないけれど、素晴らしいショパン弾きは素晴らしいピアニストだというようなことを言っていたのを思い出しました。極論だけど、何となくわかるような気がする。

守永 (表現されているものとしては)いろいろまとっているんだけど、(音楽の)形としてはシンプルで、シューマンの方がずっと複雑です。そういうシンプルなものを身に付けていれば、他の曲にも応用できる。もちろんバッハなどもそうですが。

後編に続く
(構成・文:篠村友輝哉)    

守永由香(もりなが ゆか)
1996年生まれ。神奈川県出身。3歳よりピアノを始める。桐朋女子高等学校音楽科を経て桐朋学園大学音楽学部卒業。現在、同大学ソリスト・ディプロマコース在学中。
第85回日本音楽コンクール入選。第67回全日本学生音楽コンクール高校の部東京大会第2位。第15回ショパン国際ピアノコンクールin ASIA高校生部門アジア大会銅賞。第7回桐朋ピアノコンペティション第2位。第6回桐朋ピアノコンチェルトコンペティション第2位。第10〜15回 茨城国際音楽アカデミーinかさまにてかさま音楽賞受賞。
皇居内桃華楽堂にて御前演奏を行う。
これまでに、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、桐朋学園オーケストラと共演。
カワイ表参道「パウゼ」でのリサイタル、学長推薦によるベーゼンドルファーランチタイムコンサート等多数の演奏会に出演。
2017、2018年度公益財団法人青山音楽財団奨学生。これまでに杉本安子、草冬香の各氏に師事。現在、岡本美智子氏に師事。
篠村友輝哉(しのむら ゆきや)
1994年千葉県生まれ。6歳よりピアノを始める。桐朋学園大学卒業、同大学大学院修士課程修了。
在学中、桐朋学園表参道サロンコンサートシリーズ、大学ピアノ専攻卒業演奏会、大学院Fresh Concertなどの演奏会に出演。また、桐朋ピアノコンペティション第3位、ショパン国際ピアノコンクールinASIA(大学生部門)銅賞、熊谷ひばりピアノコンクール金賞及び埼玉県知事賞、東京ピアノコンクール優秀伴奏者賞など受賞。かさま国際音楽アカデミー2014、2015に参加、連続してかさま音楽賞受賞。
ライターとしては、演奏会のプログラムノートや音楽エッセイを中心に執筆している。東京国際芸術協会会報「Tiaa Style」では2019年の1年間連載を担当した(1月号~6月号『ピアニストの音の向こう』、7月号~12月号『音楽と人生が出会うとき』。うち6篇はnoteでも公開)。エッセイや、Twitter、noteなどのメディア等で文学、美術、社会問題など音楽以外の分野にも積極的に言及している。
演奏、執筆と並んで、後進の指導にも意欲的に取り組んでいる。
ピアノを寿明義和、岡本美智子、田部京子の各氏に、室内楽を川村文雄氏に師事。

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