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日本の英語教育改革の方向性

 秋の衆議院予算委員会で公明党の赤羽一嘉議員は、「政府の人への投資の中で、国際人材をどのように育てるか。日本の英語教育では、特別の人を除いて英語がしゃべれるようになる人が極めて少ない。これでは日本が今後多くの外国人材を受け入れて経済活性化を図るのに大きな障害となる。」と発言した。
 これに対して岸田首相の答弁は「教育未来創造会議で議論を進めているが、若者にはICT技術と英語を身に着けてもらって、かつ外国人材の取り組みができるよう、様々な切り口から人への投資を行っていく。それには5年で1兆円を投じる。」というものであった。
 私は岸田首相の答弁はやや歯切れが悪いなと感じた。日本の英語教育の問題点と改善の方向性を自ら認識しているようには見えなかったからだ。

教育未来創造会議の総花性と物足りなさ
 教育未来創造会議は令和3年12月に設置され、岸田首相を始め松野官房長官や各大臣、ならびに産学の識者が参加する政府肝入りの政策会議である。日本の教育を全般的に変革する方向性を議論する場であるから、当然国際人材の育成方法の改革も盛り込まれてなければならない。
 「第一次提言」の本文を見ると、「III具体的方策」の冒頭には「1.未来を支える人材を育む大学等の機能強化」として7項目が挙げられ、その中に「(4)グローバル人材の育成・活躍の推進」という項目が入っている。しかし「第一次提言のポイント」という簡略版にはこの部分が欠落している。内閣官房および文科省はグローバル人材育成にはあまり関心を持っていないのではないかという印象を持たざるを得ない。
 提言本文においても、「産学官を挙げたグローバル人材の育成」という一言が挿入されているだけで、日本の英語教育が功を奏していないことや、それをどのような点に力点を置いて変革しなければならないかは全く触れられていない。赤羽議員はそこを指摘したのである。 
 政府自民党は、私が観察する限り、歴代政権には見られないほど国際性に富む幹部が起用されている。岸田首相を始め、茂木幹事長、林外務大臣、河野デジタル大臣などは、外国の要人たちとも問題なく意思疎通ができる英語力を身に着けている。林外務大臣は、教育未来創造会議の構成員でもあるから、是非、グローバル人材育成のための教育改革について、議論を深めるよう主導的に動いて頂きたいと思う。
 
日本の英語教育の失敗
 私は会社員であったころ、よく先輩社員にこう言われたものだ。「俺は英語なんかしゃべれなかったけど、こうして2回も海外駐在員をやって、ちゃんと仕事をしてきたんだから、みんな心配ないよ!」と。彼らは、英語が満足にしゃべれないために、どれだけビジネスチャンスを逃してきたか。英語がもっと喋れていたら交渉においてもっと有利に事を運ぶことができた、あるいは顧客や現地の社員の感情の機微を的確に理解できたかもしれないということを認識できていないのだ。これは社業のほとんどが国際業務である企業の話である。 
 さて、日本人の英語力はなぜかくも低いままなのか。われわれの世代で言えば、中学1年生から高校卒業まで、ほとんどの国民が6年間、週に何時間も英語を学んだ。大学に進学するものはそれに加えて、少なくとも2年間は英語を学んでいる。しかし、ほとんどの国民は、全くと言っていいほど英語で意思疎通をすることができない。何と莫大な時間の無駄をしていることか。
 私は、かつてビジネスに身を置いていた中で、オランダの物流会社の経営に携わっていたことがあるが、一般的なオランダ人は3か月みっちり英語を勉強すれば、きちんと意思疎通ができるようになると言っていた。私の会社では、副社長から倉庫の作業員やドライバーまでオランダ人全員が、私と英語で業務上の会話をすることが出来た。大学卒は一人もいなかった。
 欧州ではEU市場統一以来、国境を越えた職場の異動が非常に盛んになっており、多くの企業において英語で仕事をすることが一般的になっている。今では英語が出来なければ、良い職業に就くことができないというのが、若者の共通の認識である。それはかつて英語が苦手と言われていたラテン系の国やドイツの国民でも同じである。中でも、北欧やベネルックス三国、そして東欧諸国の国民は素晴らしい英語力を武器に、欧州全域いや世界を舞台に活躍している。
 アジアでは、日本人と共に英語が苦手と言われた韓国で英語の使い手が大幅に増え、中国、台湾、そして東南アジアでも英語力無しでは良い就職ができない。私が客員教授をしているベトナム海事大学(ハイフォン市)では、英語で授業をする学部を作り、海事政策学科と国際物流学科を運営している。そこの学生は一定の英語力を持つことを前提に入学し、1年間の集中英語学習を経て、それぞれの専門課程に進む。3年生と4年生に授業をしているが、英語でレポートを書き、その内容を空で皆の前で発表することができる。彼らの将来のキャリア形成に不安はないだろう。
 アジア諸国は諸外国の企業による対内投資が多く、給与等の待遇も良いことから、英語が使えるようになることが、キャリアアップにつながっている。
 
研究者の世界では英語ができなければ失格
 私は50歳以降、研究者の道を歩んできたので、一般の会社員や公務員とは異なる環境の下に暮らしてきたが、日本の大学の研究者と諸外国の研究者との大きな違いは、まぎれもなく英語力である。
 本年10月4日付の日経Note「日本の大学経営のどこを改革すべきか」でも書いたが、日本の大学教員は、英語で学術論文を書いたり海外で研究発表をしなくても、国内で日本語で研究するだけで、ほぼ自動的に教授まで昇進していく。このような状態であるから、教員に英語教育改革を期待しても無理なことは自明である。
 一方韓国の研究者は、英語で論文を書かないと大学内で昇進できない仕組みなっているようで、極めて積極的に海外の学会に進出している。
 日本人は、少ないながら国際的に活躍して論文賞を獲得するような研究者もいる。しかし彼らは、国際学会での休憩時間やディナーパーティの席になると、英語で雑談ができない。自ずと日本人だけが集まって、日本語で会話をしていることが多い。
 従来、英語苦手国と言われたラテン系の国の研究者の英語は、今や英語国の研究者の英語とそん色ないレベルである。英語で書くスピードも速く、難しい内容でも容易に聞き取れるうえ、到底真似できないようなスピードで話すことができる。
 国際学会に出席する意味は、世界中の研究者と親しくなり、意見交換のみならず、共同研究や研究協力依頼が来るように自分の存在を知らしめることなのである。日本人研究者には英語での「雑談」こそが重要なのだ。
 
日本の英語教育に求められる要素
 日本の英語教育のどこが悪いのだろうか。これまで日本の学校教育は、「読み書き」偏重を「話す英語」重視に転換することに力点が置かれてきた。私はこれに賛成できない。重要なのは、「読み書き」教育を土台に「英語を話す機会」を増やすことである。
 英語を話したことがない日本の専業主婦が、夫に帯同して英語圏へ海外赴任することが多くある。彼女らは、現地の英語学校に通って英語で生活ができるように、懸命に学習することになる。そこで発見することは、欧州内の非英語圏から来ている学生と一緒に学習した時に、彼らはぺらぺらとしゃべれるのに、文法問題になると全くできず、日本人が俄然実力を発揮するのである。これは日本の英語教育の賜物である。もちろん大学教育を受けた欧州内非英語圏の人たちは読み書きも立派にできるのであるが、一般人レベルでは、読み書きはできないものの英語会話はスムーズにできているのである。
 さて、日本の英語教育は何を目指すべきなのか。押しなべて「英語会話」偏重になってしまった状態で今見られる現象は、「読み書き」ができない上、「話す」こともできないという二重苦の状態になってしまっているのではないか。
 「日本人は読み書きは得意だが、話すことはできない」という従来の認識は通用しなくなった。大学受験を通ってきたものは、英文法ができ、ある程度読むことができるが、「書く」ことはできない。高校の授業や受験英語でも、英作文は短い文章を英語に訳すのみに留まっている。これでは、自分を表現する英語が身に着く訳はない。
 例えば、自分の身の回りに起きたことを、A4用紙1枚にびっしり書けるひとはほとんどいない。つまり日本人は英語を「書けない」のである。書くためには、英語の文章の構造を理解していることが前提になる。
 レベルの低い英語を「ちゃらちゃら」話せても価値があるとは思えないではないか。
 
書ければ話せる、書けなければ話せない
 A4用紙に英語をびっしり書けるというレベルを、一般人の一応の目標と設定するとすれば、学校で行うべき英語の授業は以下の通りになる。
 まず、文法をしっかり学ぶ。そして教科書を何度も声を出して読む。意味は概要のみ自分の言葉で発表させる。次に文章の暗記・暗唱を常にやらせる。そして長い英語の文章を書く練習を積ませる。
 書けるレベルまでは、練習すれば容易に話せるようになる。毎日の英語の授業で6年間これを続ければ、高校を卒業するころには、諸外国の若者とそん色ない英語の使い手になる。私はそう信じている。

篠原正人, PhD
海事経済学者異文化経営コンサルタント
篠原&アソシエイツ 代表
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