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カーテン

ふと、雨が止んだ。
気が付いたらいつの間にか雨が止んでいた、というのとは違った。雨の終わりを告げるまさにその瞬間、いま、ここで止みました、という瞬間が私にははっきりとわかったのだ。
なんて不思議な感覚なんだ、私は興奮して、読んでいた文庫本を捲るページを止めた。クライマックスであと数ページという所だったが、何の迷いもなく本をぱたりと閉じ、スカートの裾についたビスケットのかすを払い落とすと、文庫本をさっきまで座っていたソファの凹み跡の上にそっと置き、導かれるように窓際に歩いて行った。
それから、愛しい人の、もはやもう触れることができない、あの薄い耳たぶに触れるように人差し指と親指の先に意識を集中させそっとレースのカーテンをつまんだ。

どのくらい長い間そこにいただろうか。転がった空き缶のように私は窓辺にあった。突っ立っていたというより、その場にただただ。あった。無機質に存在していた。もはや、耳をそばだてても雨が止んでいるのか、まだ小雨が待っているのかなんの手がかりも降ってこなかったし、レースの向こうからでは雲の隙間から差しているはずの黄金のささやかな陽光の気配を感じとることはできなくなっていた。
辺りには何の音もなかった。空気はかちかちに固まって、いかなる振動の余地も失われていた。さっきまで飲んでいた甘酸っぱいコーヒーの香りさえ蒸発して消え失せていた。

私は自分に何度も行かせた。大丈夫だ、大丈夫だ、と何度も何度も。だって私は感じたのだ、間違いなく心の深い所で、雨の音が止み陽光が差し込んでいる光景が浮かんだのだ。

私は眼を閉じてレースのカーテンをほんの数ミリだけ捲った。そして、私は特別宗教をもっているわけでもないのに、祈った。誰に対して、どんな祈りか自分でもわからなかったが、祈るという行為に近い気持ちでもって、その隙間をのぞき込んだ。

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