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「バルス」のような葛藤も実は祝福だったりして

こんにちは。梅雨のような天気が続いていますね。
梅雨の時期は消化器系が滞りやすく疲れも溜まりやすいので
無理をせず、いつも以上に心地よさにアンテナを向けて
日々を過ごしていきたいです。

最近、自分の中で葛藤とアップデートが繰り返されて
もう何度も生まれ変わったような
そんな激動の波が心の中で生まれては消えています。

思い返せば、予期せぬ突然の妊娠から今日まで
その期間には結婚や2度の引越しや
コロナパンデミックなんかもあって
何とも緊張の連続の日々だった、
人生の転機とも呼べるような劇的なライフステージの変化が
いくつか重なったような期間だったと
まずはそんな時期をよく乗り越えてきたね、
頑張ってきたね、ありがとうと
自分を労ってあげようと思います。

心の中が動き出したのは、今年の4月でした。
周囲の人が何人か「モーニングノートをやってる」と
話していたり投稿しているのを見て
「やってみようかな」と始めたのがきっかけです。
毎朝ノート3ページにその時感じていることや考えていることを
ただ書き出していくだけなのですが、
3ページってけっこう量があるので
書き続けていくとネタが尽きたあたりから
思いがけず自分の心の奥底に眠っていた感情や
「もう見たくない」と蓋をした過去の記憶が
自然と引き出されていくことに気づきました。

一つひとつ丁寧に、
感情は感じきって
記憶は向き合って
「どうしてそう感じたんだろう?」
「どんな思い込みがそうさせたんだろう?」と
それはもう丁寧に
自分の心の声に耳を澄ませていきました。

そうしていくうちに
「私はやっぱりこれを大切にしたい」という自分の軸や
「この価値観って、もういらないんじゃない?」という
手放しのサインを受け取っていき
葛藤とアップデートの繰り返しに入っていきました。

葛藤が激しい時期というのは
これまでも何度か経験しましたが
なかなかにエネルギーの要る
ハードな毎日ですね。
嫌という程に自分の見たくない部分とかが
炙り出されて
私はだいたいこういう時期は一緒に身体の調子も崩れるので
「はい、もうこのステージは卒業ね、強制リセット。」
とリセットボタンを押したような
誰か「バルス」って叫んだよね??というような(ラピュタのあれですね)
とにかくものすごい変化が
足元からガラガラと崩れていくような変化が
心身に訪れます。
(今回は子どもが保育園でもらってきた風邪菌にやられました)

でも、これももう何度目かなので
「葛藤の先により軽やかな世界に逢える」とどこかで分かっていて
心のどこかでこの葛藤を楽しんでいる自分もいたように思います。
(ラピュタも「バルス」の後、軽やかになってより空高く飛んでいきましたね)

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葛藤も終盤に近づき、今感じることは、
「手放したい」と思って
手を振り払って捨てようとしてた価値観も
その価値観があったからこそ
その思い込みがあったからこそ
守られていた自分がありました。

自分を傷つけるために存在してるものなんて、
ないのかもしれません。

傷ついて泣いて怒って苦しんで
人生を生きるのはとても大変だけれど
深く気づいていくと
全ては私を祝福するために存在している。
そうやって観える時があります。

「ありがとう」とお礼を言うと
自然と手放されていく。
深い部分の流れに身を委ねると
驚くほどに楽になる。

葛藤も楽しめるようになったら、
人生もうけもんです。

私は今もその旅路にいます。

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