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悲しいメトロノーム 第4話

 紫苑さんが眠りについた。か細い寝息がこちらに伝わる。
 私は流石に申し訳なくなったので、彼女の腕枕から頭を外す。そして彼女の手を持ち上げて、腹の上に置く。彼女の寝息とともに上下する。ふくよかな胸の割には引き締まった腹部。
 眠れないのでベッドから出て、大きな窓から外を見つめることにした。タワーマンションの乱立する港区。勝ち組たちの住まう場所。紫苑さんのような人々がたくさん住んでいて、彼ら彼女らが子供を作って、そしてその子供もまた勝ち組になる。
 やっぱりこんな田舎者が来ていい場所ではなかったのかもしれない。選択肢がなかったから仕方がなかったとはいえ……。
 そもそも高校はどうしよう。おそらく都立の高校に通うことになるだろうけれど、その学費まで紫苑さんに負担させることになるのだろうか。彼女なら嫌な顔をせず出してくれそうだけれど、やっぱり申し訳ない。
 両親のいるであろう空を見つめる。夜景に殺されて星なんて見えない。だけど私は心の中で叫んだ。なぜこんなに早く逝っちゃったの、何があったの、なんで私には知る権利がないの……。大好きな両親、というわけではなかったけれど、やはりいなくなるととんでもなく寂しい。なんだかんだ愛されていたのがわかったのは、すべて失った後だった。
 私がこんなことを考えているとも知らず、紫苑さんは美しい顔で眠りについている。見惚れていると、窓からの月光で彼女の右手が残酷に光った。
 ――私は本当にここに来てはいけなかった。
 紫苑さんの右手の薬指には、ピンクゴールドの指輪がはめてあったのだ。彼女の美しさに負けじと甘く輝く。私の心が締め付けられていく。
 左手の薬指は結婚指輪だったはずだ。私はiPhoneを取り出し、震える手つきで「右手の薬指 指輪 意味」と調べる。

『婚約の証や、パートナーからのプレゼントなどでつけている方が多いです』
『恋人がいるというサイン』

 私はため息をついた。
 もちろんスピリチュアル的な意味もあるのだが、私は紫苑さんの恋人の心配をした。こんなに綺麗な女性なのだ。35歳とはいえ、彼氏や婚約者がいたっておかしくはない。
 だとしたら、紫苑さんとその恋人にとって、私は邪魔者でしかない。もし私のせいで紫苑さんが婚約破棄などされたどうしよう。
 そもそも、もしかしてこの家が2LDKなのも――。
 怖い。怖すぎる。 
 私は逃げるようにしてベッドに飛び込み、紫苑さんからは少し距離を取って眠りについた。


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