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#家族のカタチ

すでに子供も幼稚園に通い出していたし、日中の3時間程度のパートなら
問題なくできた。相変わらず彼は納得していなかったが、”吐いた唾は飲み込めぬ” 状態だったんだろう。適当に理由をつけて辞める算段はついていたようだった。

駆け落ちして住み込みで働いていたラーメン店の時とは違い
自身も成長したのだろう。毎日が楽しくやりがいもあった。
絶対に家事は疎かにしないと約束もしていたが何も苦にはならなかった。

そして3ヶ月が過ぎたあたりの頃
「いつまで続けるつもりだ」と声が掛かった。
まだ続けたい。週のうち、もっと入らないかとオーナーに言ってもらえたばかりだった。
もしかすると、もしかするとちゃんと家事もこなしていたし
”いいよ”って言ってもらえるかもしれない、、、。

でもね、人間は欲をかくとただのワガママになってしまうんだよ。

「じつは今ね、オーナーから週のうちもう少し入って頑張ってみないかって言わ、、、」

「外に出られないようにしてもいいんだよ。言う事聞けないなら。」

おもむろに彼が立ち上がって一瞬殴られるのかと思ったが
彼の取った行動は戸棚にあった殺虫剤をまだ手を付けていない私の食事に
散布させたのだ。

ダメだ。選択肢はない。

「明日、辞めるようオーナーに伝えてくる」

「わかった。あ、そうだ今日夜中の2時からモナコのオートレースが生中継でやるから朝起きたら結果教えてくれる?寝ないでちゃんと最後まで観といてね」

「うん。わかった」

今回の罰はこれなんだ。
泣いちゃだめだ。何も辛くない。だって生活させてもらえるんだから。
パートを辞めるくらいなんてことない。

眠い目を擦りながら、オートレースを眺めていた
”何が面白いんだろう” ただ同じ場所をぐるぐるぐるぐる廻っているだけなのに。午前4時頃、レースが終わった。メモ用紙に順位を書いて彼が見れるように準備した。そして眠気に耐えきれず隣の和室で眠ってしまった。

腹部に鈍い痛みを感じて目を開けると彼が立っていた。
「寝ていいなんて言ってないけど」
「ごめんなさい。あ、オート―レースの結果、、、」

「あ、今ニュースでやってるからもういいよ」

返事をせずにいると
「なんか気に入らないの?」
「ううん。大丈夫。」

そして私は、どこにも行かなくなり
誰にも会わなくなった。

彼に出会った時と同じ。あの小さなラブホテルでの生活のように
そして僅かに心に湧きかけていた、外の世界を見てみたいという欲望に
駆られることにも蓋をした。

子どもの幼稚園の送迎と夕飯の買い物のみ。唯一、私が外出する時だ。
携帯は普段は持たされていなかったため、彼が掛けてくる時間に必ず家にいなければならない。送迎時と夕飯の買い物は多少の時間の余裕があったが
一人で家にいる時間帯は1時間おきに電話が鳴った。

この頃の楽しみは子供を送り出してからのママ同士の井戸端会議だ。
これなら電話の子機をもって玄関先くらいまでなら出られる。
子どものこと、旦那さんのこと、いろいろ話した。
もう年齢を隠す必要もなく驚きはされたが仲良くしてくれていた。

そしてまた、墓穴を掘る羽目になる。
つい気が緩み、5軒先の角のママ友宅で少しお茶を飲むことになった。
今思えば、まだまだ子供だった。自制が効かないんだから。

美味しい紅茶にお菓子、ママ友たちの若い頃の話や子育て論。
本当に楽しくて有意義な時間だった。

ふと時計を見ると、もう夕方の16時を過ぎようとしていた。
一瞬で現実に引き戻される。
”子機はこの距離じゃだめなんだ、、、”
明らかに彼の在宅の確認コールの時間は過ぎている。
「神様、、、」と思わず呟いた。

ガレージを見ると仕事を終えるまでまだ2時間もあるのに彼の車が停まっている。

”終わった、、、”

そっと玄関を開け、リビングへ向かう。
子どもの声がする。迎えに行ったのか?

呼吸を整え、「ただいま。つい、ご近所さんたちと話し込んじゃって。迎えまで行ってくれたの?ありがとう」と精一杯、笑顔で話しかけてみた。

すると自分の膝に座らせた子供に向かって
「こんなママみたいな嘘つきになっちゃだめだよ~。こういう人間をクズって言うんだよ。ほら言ってみ”クズ”って。こんなのと生活しなきゃいけないんだよ~パパ可哀想だよね~」
そして子供と食事をするからと2階へ行くよう促された。

私が悪いの? そう、私が悪い。
だって彼が怒ってるでしょ?
彼がしちゃいけないってことをしたんだから。

そしてご近所付き合いもやめた。
最低限、挨拶だけ。それ以外はできるだけ会わないように時間を見計らって外へ出た。一度だけ、一番私を気にかけてくれていたママ友が彼がいる時に家を訪ねてきた。玄関を開けると「大丈夫?最近全然姿見ないけどなんかあった?」すぐに何かを察知した彼は玄関先にやってきて
「前々から、こいつ迷惑してたみたいで。でもほら一番年下だし言いづらかったみたいで。なんか変に心配かけちゃってすみません」

静かに玄関が閉まり、振り向いた彼の顔は怒りに満ちていた。
襟首を掴まれ、和室の角に追いやられると、もう止められなかった。
必死に謝ったが、恥をかかされたことへの憤慨が収まることはなかった。

その日は子供の迎えにさえ行けないほどの傷だった。
彼が子供を迎えに行き、そんなみっともない姿を子供に見せるなと
また2階へ上がるよう促された。

この頃には、物置になっていた一室が私の反省部屋になっていた。

下では子供と彼の声が聞こえる。

何で私はこんなところにいるの。

家族ってこんなだっけ?

正解がわからないな、、、

あ、そうか。私がそうだったから。

身体中が痛い。

明日には少しは痛みはマシになってるかな、、、。


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