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#変化

母子寮での生活が日常となりつつあり
子ども達は学校、幼稚園とそれぞれに新たな生活に馴染んでゆき
妊娠も順調に経過し、穏やかな日々が続いていた。

ある日、部屋にある内線が鳴った。
母子寮の職員に呼ばれ事務所へ行くと
書類を手渡された。
封を開けると、手書きでびっしりと書かれた訴状だった。

内容は協議離婚と接近禁止命令にに対する異議申し立て、
そして慰謝料請求だった。
何故、手書きの物が届いたのか。
弁護士を通さず自ら裁判所へ申請したのだろうか。
瞬時に住所を知られたのかと恐れたが、接近禁止命令も出ており裁判所経由で届いたので心配は無用とのことだった。
けれど同時に
彼のここに掛ける惜しみない労力に恐怖を感じた。
もう執念だったんだろう。
こちらからは弁護士を立て対応することになったが
この時から、また微かに何かに怯える日が始まった。
町へ降りた時や、何気ない時に
彼が乗っていた車種と同じ車を見かけると血の気が引く感覚に
襲われるようになっていった。

そんな中でも、子ども達と過ごす生活はこの上なく幸せで、
そして冬の凍えるような朝、遥か遠くに朝陽が昇る中
私は出産を終えた。
産後の肥立ちも良く、一ヶ月を迎え
幼稚園に通う我が子の送り迎えも徒歩で難なくこなせるようになっていた。

時を同じくして、母子寮の前面道路の大規模補整工事も終わりを迎えた
最後の日、幼稚園から帰宅し敷地内で遊んでいたはずの長男の姿が見当たらないことに気付いた。
すぐに見つかるだろうと名前を呼び、見渡すが姿がない。
次第に不安が募り、声を張り周辺を探していると工事現場の人々も
血相を変えた私に気付き、一緒に探すことになった。
「もしかしたら、、、もしかしたらあの人が、、、」そんな思いも
巡った。
すると工事現場で毎日会釈を交わし、二言三言交わしたことのある
警備員の一人が「見つけたー!」と
大声で母子寮の裏手の柿畑から出てきた。
駆けつけると柿畑の中でお気に入りのタオルを握り締め、眠りこけていたのだ。こんな寒い中、よほど興味をそそるものがここにあったのだろう。
そう、長男は少し皆とは違う感性を持っている。
揺り起こすと、寝ぼけ眼で開口一番「ママおなかすいたぁ」
そこにいた全員が大笑いし、胸を撫で下ろした。
盛大に迷惑を掛けた人たちに頭を下げ、最後に見つけてくれた警備の方に
改めてお礼を言いに駆け寄った。
すると思いもよらない言葉が返って来た。
「よかったら電話番号、交換しませんか?」
あまりにも突拍子すぎて無言でいると、胸ポケットから無造作にメモ帳を
取り出し自分の番号を書き記し、ページを破り手渡された。
「気が向いたら連絡下さい。本当に見つかってよかったです」と
言い残し、彼は帰っていった。
首を傾げた。ここは母子寮。ましてや、ついこの前に出産したことも知っているはずなのに。感謝の気持ちはあったがなんだか後味が悪くなった。
「よほど物好きなんだろうな、、、」
どっと疲れた一日が終わった。

また少しずつ、歯車が動き出す。
長い長い道のりを荷馬車がゆっくりと進むように。


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