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#夢のマイホーム

あれから数日後、大きなビジネスバッグを抱えた”営業主任”の肩書を持った男がやってきた。

リビングで汗を拭いながらファイルに綴じられた何かを一生懸命、彼に見せていた。そのうちの2枚ほどを手に取り”じゃ、行きましょうか”と満面の営業スマイルで立ち上がった。

車で20分ほど走ったところにある閑静な住宅街。
ドンつきの角には小さな公園。2,3歳の女の子が遊んでる。
角を曲がり数件やり過ごすと”売物件”とプレートが掛かったカーポート付きのなかなか立派な家だった。
裏手には小さな庭がありガーデニングができますよと饒舌に語っていた。
私がガーデニングをするような人間に見えるのか?
大きなリビングダイニングに隣室には和室。2階はフローリングの3部屋。
システムキッチンに光が差し込む窓辺。
誰が住むのかと思うほどの物件だった。

今の私にはあのリビングと寝室、キッチンのあるあの家で十分なのに。
内覧を終え、彼はもう決めていたようだった。
契約書を書き終え、捺印を済ませ、以前とは厚みの違う封筒をその”営業主任”に渡している。「ではこちらローンの頭金として入金していただくということで、、、、」

これだったのか。今回の私の役目は。

後に正確に知ることになるがこの中古物件はおよそ1800万円
当時彼が37歳。頭金として入れたのは300万円だったそう。
それでもローンの月額はかなりのものだった。
そして後に同時に知ることにもなる
あの夜の私の値段が300万円だったことも。

そして私は16歳にして夢のマイホームを手に入れた。

様々な事柄に目を瞑れば、順風満帆な生活だ。きっと。

子どもを設け、育児をしながら、家事をこなす。幸せなはずだ。

時折、彼の要望を満たすため、一時預かりの託児所を利用し子供を預け
彼の指示通りに、彼と若社長の行きつけのフィリピンパブやロシアンパブにいる黒子(外国人男性スタッフ)とホテルへ行き、そして行為に及ぶことを強要する。
その間、彼はいつもホテルの外で待っている。私はいつも彼らに行為に及んだことにしてほしいと頼むと予想外に彼らは優しく、世間話や自分の国の話をしてくれる。ある人は”なぜ逃げないの?”と問い、ある人は”借金でもあるのか?”とこの異常な関係を疑問に思う人もいた。こうして彼の電話を待つ時間を過ごす。
大体1時間から1時間半ほどで携帯電話が鳴る。そしてシャワーだけを浴び、敢えて濡れ髪をまとめたり化粧を落とすことで、行為に及んだように見せた。彼らもしっかり協力してくれて別れ際にわざと名残惜しそうにハグしたり、頬を重ねたりした。

車に乗り込み無言で走らせると、また違うホテルに入る。
私を辱め、責めるために。
彼にとって私は従順な人間だから、よもや誤魔化しているなんて思ってもいないはずだろう。
でも、それでよかった。彼の愛し方がそうなら
私は受け止めなければいけない。

そしてまた始まる。

「俺意外に抱かれた気分はどうだった?」と。

そしてまた繰り返す。

「あなた以外は考えられない」と。

夢のマイホーム。

私は幸せだ。

彼の言う通りにさえしていれば、皆が憧れる
ファミリーカーやマイホームが与えられる。

でも人間の欲は満たされることを知らない。
私もその一人。この歪な生活に満たされていたはずなのに
時の経過と共に肝心なことを忘れてしまう。

従順でなければならないことを。

この頃、二人のお気に入りでちょっと小洒落た中華ダイニングによく訪れていた。常連にもなり、オーナー夫婦ともよく話すようになっていた。
ある日、昼間のバイトが一人辞め、良ければ手伝いに来ないかと声を掛けてくれた。初めてそんな風に声を掛けてもらったのもあって、嬉しくて照れた。オーバーかもしれないが外の世界にも私を必要と思ってくれている場所がある。そう感じた。すると彼が「こいつが役にたつかな?心配だけどお願いできるなら是非」とにっこり笑って言った。

正直、少し驚いた。というか拍子抜けした。
答えが”是非” なんて言うとは思いもしなかった。

私は思わず、その場で「ほんとに!?嬉しい!できるかな」なんて浮かれた返事をしていた。詳細はまた後日、となり食事を終え、店を出た。

煙草に火をつけ、車を走らせる。

「大丈夫かな?私出来るかな?なんか緊張するね」と語り掛けたが返事がない。

何で機嫌悪いんだろう、、、
何が気に触ったんだろうか。

わからないまま自宅へ到着する。

相変わらず無言だ。

車内で眠りについた子供を2階の寝室へ移動させ
ちょうど1階に降りた時、彼が玄関を閉めたところだった。

どうしても気になり尋ねてみた。
「どうかしたの?怒ってるみたい」

すると一瞬、何が起こったかわからなかったが、彼が私の髪を掴み、廊下を引きずられていた。

痛みと驚きで声が出ない。
ましてや2階で寝ている子供に気づかれてはいけない。

静かな声で彼が言った。
「恥をかかせなた」

どういう意味だ?私は何を失敗した?

彼はこう続けた
「誰のお陰で生活できてる?他で働かなきゃいけないほどお前は苦労してるのか?あんなに喜んで、俺に甲斐性がないとでも言いたいのか?」

本当に、本当に彼の言ってる意味が理解できなかった。あんなに笑顔で話していたのに。

思わず「そんなつもりじゃなかったの。ダメならちゃんと断るから!」しかしこれも裏目に出る。

「1度承諾した事をまたひっくり返すのか?どこまで俺をバカにするつもりだ?」

もう正解が見えない。

そしてその日与えられた罰は
1晩中、彼のベッド脇で土下座をさせられることだった。

ただ耐えた。何に対してかわからないが
きっと私が悪い。彼を怒らせたのだから。

そして朝を迎え
彼がまた優しく私を愛してれる。
「きつく当たって悪かった」と。

そしてまた、それを受け入れる。

夢のマイホーム。

子供の成長や、夫婦の時間が詰まった場所。

私は幸せだ。

ただ。ほんの少し、歪なだけなのだ。

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