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未練がましい大家と古城のおじいちゃん

前回トリビア記事っぽいものを書いてしまい、やや日常を書きづらくなってしまいましたが、今回はベルギーの生活について書きたいと思います。

スポーツ産業やサッカーのことについて知りたい方には申し訳ないですが、最後まで一切出てこないです。次回書きます。

代わりに今回登場するのは、未練がましい大家さんと古城に住んでいるおじいちゃんです。

私は3階建の低いアパートの1階に住んでいます。リビングは広く、屋内面積と同等の庭があります。結構気に入っており、内見したその日に契約しました。家賃は東京の3分の1くらいだと思います。

目の前には土地の名物である洋梨畑が広がっていて、備え付けのテラスで仕事もできます。かなり理想に近い環境で、空も広く高い建物もないので視覚的ストレスが限りなくゼロ。来たばかりの頃はバランスが取れず夜中にサイバーパンクみのある画像を延々と眺めたりしました。

このアパート、以前まで大家さんが住んでいて、ご家庭の事情で引っ越しに伴い持ち家を貸し出すことになったらしいのです。大家さんは60代の活発な女性で、外出時は8割くらいお気に入りの紫カーディガンを着ています。
彼女は英語が全く話せない為、彼女はフランス語、私は英語と大きめのジェスチャーで対応します。

大家さんとの契約にはありませんが、庭の雑草が伸びてくると彼女は「庭の芝刈りをしてね」とリマインドしてきます。

彼女はたまにやってきて、家の調子はどうか聞いて来ます。

村田「洗濯機を使うと水が溢れるのですが、直してもらえますか?」
大家さん「************?」(フランス語)
村田「いつ業者さんは来ますか?」
大家さん「****!!*********!!?」
村田「土曜日は12時から買い物に出かけるので、それまでに来て下さい」

と、こんな感じです。お互いジェスチャーが激しい方なので大体伝わります。

そして毎回、彼女は帰り際に「この家が好きなの」と必ず言い残して去ります。うん、私も好きです。

ベルギーは3月後半からロックダウンに入り、リモート勤務に移行しました。大陸側のヨーロッパは春から夏にかけて日没が20時〜22時にゆっくり伸びていきます。

仕事がひと段落すると毎日ランニングに出るのですが、ランニングコースの途中に古城があります。ある日、古城からおじいちゃんが出てきて、大きな日傘を地面にさして庭のフェンスを塗っていました。

19時〜20時の間に大体ランニングするのですが、古城おじいちゃんもその時間に出てきて毎日フェンスを塗っています。

毎日すれ違う汗だくの二人。2ヶ月くらいした頃、お互いニコニコしながら会釈するようになりました。古城おじいちゃんの塗っていたフェンスもどんどん真っ白になっていき、庭に黄色い花が咲き始めます。

6月になり、少しだけ日本に帰ることがあり、数週間家を空けました。

そして戻ってみると、全身に悪寒が走ります。明らかに家の中のモノの配置が変わっていて、足跡がそこら中にありました。

しかし、よくよく見てみると半壊していたシンクは直っており、庭の芝は刈られていて、冷蔵庫には可愛いマグネットが貼られていました。大好きな家に未練たらたらの大家さんの仕業でしょう。

大家さんとはいえ、日本では合鍵を使って勝手に入ってくるなど聞いたことがありません。隣人に訊いたところ、ベルギーでもそんなことは滅多にないそうです。ちょっと大家の距離感としてはどうなんだろう、と思います。

すぐ大家さんに電話して、合鍵を使って勝手に入らないこと、気持ちは嬉しいが庭の芝刈りは自分でやることを伝えます。そうすると、少し悲しいトーンで、「この家が好きだから、大事に使ってね」と言われました。たぶん。

その後大家さんは合鍵を使って入ってきたことはなく、あまり様子を見に来なくなります。良いアパートだし未練があるのはわかるけど、大家に徹してくれて良かったなと私は思いました。

その頃古城のおじいちゃんは、遂に庭のフェンスを真っ白に塗り終えていました。私は出社開始に伴い忙しくなった為、ランニングする時間がずれこんで彼とは週に2回顔を合わせる程度になっていました。

ある日フェンスを塗り終えた古城のおじいちゃんに初めて話しかけます。

村田「遂にやったね!」
古城爺「うん、このフェンスはもう100年以上ここにあるんだ。庭に生えてる木も、みんな僕より年上だよ」

その後、古城おじいちゃんとすれ違う度に簡単な会話を交わすようになります。しかしあまりお互い深掘りすることはなく、なんとなく表層的な会話に終始していました。

ある土曜日、日中にランニングを終えて18時に食事の支度が終わったので、3枚焼いたお好み焼きを「日本のパンケーキだよ」と1枚彼に持って行こうと思いつきます。

フェンスにニス塗りをする彼にお皿ごとお好み焼きを渡すと、表情が晴れて、顔を真っ赤にしながら感謝されました。あまりにも無邪気に嬉しそうなので私も嬉しくなり、彼の庭で20分ほど喋ることにしました。彼の子供や孫の話、古城を買った経緯、失業した時に酒に溺れて離婚した話など、どんどん出てきます。

その時、見知らぬランニング中の東洋人との距離感を気にしていたのは彼の方だったんだな、と気づきました。

古城おじいちゃんはほどなくして、パンケーキが冷めないうちに食べることにするよ、と古城に入っていきました。うん、庭までがちょうど良いよね。今日は。

その日はなんとなくRCサクセションのアルバムを聴いて寝ました。

そして今、アパートの大家さんに電話をかけて、来週末うちで日本のパンケーキを食べるか?と訊いてみようかずっと悩んでいます。

みなさんはどう思いますか?

心地良い距離感についてのお話でした。

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