見出し画像

紀伊半島南下計画 4回目(2)

前回はこちら

アップダウンとトンネル、そして月

 和歌山県は人口の6割が県北部を流れる紀の川流域の市町村に集まっている。これは、紀伊山地の急峻な地形から流れ出る川によってできた堆積平野が、紀中以南においては少ないためであろう。それはつまり、人が住みやすい大きな平野が少なく、同時に点在する居住地をつなぐための道路はアップダウンが多くなることを意味する。

 走り始めてしばらくは、富田川の作った平野部である。白浜駅からその平野へ下り、国道42号へと合流すれば、そこから先は集落間をつなぐアップダウンのある道となる。流石に線形の悪い場所については、おそらく旧道であろう脇道がすぐ手前にあるトンネルによって繋がれている場所も多い。
 A面は基本的にトンネルが苦手である。トンネル内はその構造上、車による風が強くなり、側方通過する車からの風をもろに受けることとなる。B面と違い、体躯が小さく、また、カーボンフレームに乗っているA面は風に弱い。そのため、トンネルはできる限り避けて通りたい、というのは以前に言われていた。
 しかし、今回はルート上にどうしても避けられないトンネルが多い。そのため交通量の少ない夜間を見計らって走っているのである。

 そんなこんなでトンネルを抜けると漁港のある集落に出た。おそらく都会からくる釣り人がメインであろう貸し漁船がいくつか軒を連ねるような、小さな集落である。
 まぶしさに海を見てみると、晴れた空に月が低く出ており、それが海面に反射していた。
 かの卜部兼好は「月は隈なきをのみみるものかは」と言っていたが、いや、こんな風景をみればそりゃ多少の雲はスパイスかもしれないけど、「雨に向ひて月を恋ひ」願うよりも素直にこのきれいなのを見る方がよっぽどうれしい。未だ風情を知らず、いずくんぞ趣を知らず。
 歩道で自転車を止め、何枚か写真を撮る。月並みかもしれないが、こういったハッとする美しさがあるから、ナイトライドはやめられない。

「雲がいそいでいい月にする」は山頭火だったか

階段

 少し洗われたような心持でまたサドルに跨る。願わくはこの月を旅路の友としたいところではあるが、日付が変わってしばらくすればお別れとなるだろう。見守ってくれるものがいないのは寂しいものである。

 椿の集落を抜けると、少し脇道に入るようにブルーラインが道を指す。まあ、指すも何も引いてある通りに進むだけではあるが。
 そのまま国道を離れ海沿いの細い道に入ると、家のある道とは分かれて、少し山側の道を走らされる。恐らく眺望の良さを売りにこの道を引いたのだろうが、いかんせん手入れが行き届いていない法面のせいで、生い茂った草木が見えるのみである。そのまま進むと今度は眺望すらなくなり、元の道へ戻る向きへと進んでいく。やや下りで、しかもスピードを出させないために何ヶ所かソフトポールによる車止めがあるってんだからたまったものではない。すんなりと走らせてくれない道にややいらいらしながら進むと、今度は上り坂が出てくる。これはまだいい。自分のペースでえっちらおっちらと進んでいく。トリプルクランクというのはこのような時に力を発揮するんだよ、と早々にインナーを使い切って足をぶん回す。
 そのまま進んで、遠くに国道の明かりが見え始めた時である。
 唐突に階段が現れた。

 いや、これがただの階段なら許したであろう。しかし、問題は「あまり人の通った形跡がなく、草木が生い茂り、道のど真ん中にクモの巣が張っているような」階段だったことである。なんでやねん。お前最近太平洋自転車道がどうのこうのって言ってたやんけ! もっと力入れるタイミングちゃうんか!
 泣く泣くそこいらの枝でクモの巣を払いのけ、草を踏みつけ、自転車を押して階段を上る。ああ、紀北方面の快適さは人口に裏打ちされたものなのだろうなぁ、なんてことを考えながら自転車に謎の付着物が無いかをチェックして、ブルーラインを確認してサドルに跨った。
 そうして、ふり返ってみれば、この階段こそが今後の伏線であったのだ。


よかったらツイッターもフォローしてください☺️