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ウクライナ農産物輸入禁止の表と裏

ポーランドがウクライナからの穀物を含む農産物の輸入を禁止すると4月15日に発表したことが問題になっている。
 ポーランドがウクライナからの農作物の輸入およびポーランドを経由することを禁止すると発表すると、ハンガリー、スロバキア、ルーマニア、ブルガリアも追随して禁輸を言い始めたからだ。この動きに対し欧州委員会は、今回のポーランドの一方的なウクライナへの禁輸は、EUの法に反するもので、認めることはできないと批判した。

ウクライナ農作物の関税廃止政策の影響
 今回、ポーランドをはじめとするウクライナ近隣諸国がウクライナ支援に賛成しながらも、なぜこのような矛盾した政策をとることにしたのか。

 EUはウクライナ戦争が始まって約2ヶ月後の2022年4月27日にウクライナからの農産物への関税を廃止することを決定し6月4日から1年間の期限で施行を開始した(欧州委員会はこの期限をもう1年延長することすでに提案している)。これはウクライナの主要輸出品である農産物がこれまでは黒海を経由して中東・アフリカ諸国に送られていたのが、ロシアの侵攻により黒海が封鎖され、輸出が困難になり、中東・アフリカ諸国の穀物危機を招く恐れが出てきたためだった。
 EU諸国を経由して中東・アフリカ諸国、そしてEU加盟国にウクライナの農産物が行き渡るようにする目的での決定だったが、実際には関税撤廃を機にウクライナから大量の農作物が輸送されてきたものの、その先の国々への輸送が滞ってしまい、その処理に困ったポーランドでは、ウクライナ産の農産物がポーランド産のものよりもかなり安い価格で市場に出回るようになってしまった。それにより、ポーランド産の農産物が売れなくなり、農家の不満が増長していった。
 これまでウクライナの農産物、特に穀類の多くは中東・アフリカに輸出されており、EU内での輸入はスペインやイタリアなどで飼料として多く輸入されていたが、それ以外の国では少なかった。それが2021年と2022年を比較すると、ポーランドでは6万トンから245万トンに、ルーマニアでは2000トンから133万トンに、ハンガリーでは2000トンから130万トンに、スロバキアでは500トンから49万トンに増えている。それに対し、ドイツでは19万トンから46万トンに増えただけで、オランダでは2021年には233万トン輸入していたのが、2022年には164万トンへと減少している。これを見てもウクライナに隣接している国の負担がこの1年間でいかに増大し、滞っていたかがわかる。
 耐えかねたウクライナの隣接国のポーランド、ハンガリー、スロバキア、ブルガリア、ルーマニアが3月末に関税の復活を求めて欧州委員会に抗議した。これに対し、欧州委員会は3月30日にこれらの国々への補助金5600万ユーロの支払いを決定したが、すでにその時点ではポーランドに滞った穀物量とともに農民の不満は限界に達していた。

 ポーランドの決断
 4月15日にポーランドはウクライナからの農産物の禁輸、ポーランド国内を経由することも禁止する決定を下した。この決定は事前にウクライナ側とは協議済みで、ウクライナも納得の上での決定だったとポーランド政府は発表した。また、ウクライナのリビウ工科大学の講師、ヤン・マトコフスキ氏も今回の決定はウクライナとの合意のもとで行われており、ウクライナ側の混乱はなく、これにより両国関係が悪化することもないだろうと述べている。
 さらに、これについてはポーランド以外のメディアではあまり触れられていないが、今回の禁輸政策は期限付きのもので、最長で6月末までと政府は明言している。この6月末という期限はウクライナに配慮しての決定だろうとマトコフスキ氏は言う。農産物の輸出が最も増える8月末から9月にこのような禁輸をしたのであれば、ウクライナ側の打撃は大きい。だが、輸出が多くない春の時期であれば影響も最小限に抑えられるので今の間に仕切り直しをする方針なのだろうというのが同氏の見解だ。

ポーランドの決断は違法か
 ポーランドがウクライナの農産物禁輸を発表すると、欧州委員会は「通商政策はEUの排他的権限であるため、一方的な行動は受け入れられない」と述べた。その理由はポーランドの行為は2つの法に違反しているからだ。1つ目は2017年に施行された、ウクライナの経済と行政基準をEUに近いものにするために、関税や貿易障壁等を段階的に廃止するための貿易協定だ。そしてもう一つは、前述の2022年6月に施行されたウクライナに対する関税撤廃だ。
 だが、法を遵守していないのはEUの方だと国際法の専門家でEU法に詳しいゲノヴェファ・グラボフスカ教授は指摘する。「EUへの輸出入に関する規則の決定は欧州委員会の独占的権限である。欧州委員会は輸入条件や経済・貿易状況などを調査し、必要に応じて介入できるとともに、輸入がEUの生産者に深刻な損害を与えるかを評価しなくてはならない。今回、ウクライナの隣接国は何度もウクライナ農産物の輸入が食料余剰につながるとEUに報告していたにもかかわらず、EUはウクライナ農産物の輸入に関する調査を行わなかった。よってポーランド政府は国内生産者の保護と食品安全の観点からウクライナからの農産物輸入を禁止せざるを得なかった。どの国にも自国の生産者の市場と生産者を保護する義務と権利がある。外部からの輸入による市場の均衡の崩壊、破壊を、欧州委員会は防御しなくてはならない。だが、それが行われなかった場合、加盟国はEUの商品輸入に関する規則第15条、16条に規定されている通り、保護措置を要求する権利がある。今回ポーランドはそれを行った」というのがグラボフスカ教授の説だ。グラボフスカ教授は、ポーランドがとった措置と同様の例としてパンデミック時のドイツの輸出に関して言及している。ドイツは特定の医療機器と商品の輸出をブロックしたのだ。
 今回ポーランドが禁輸政策をとったことで、これまでの欧州委員会であれば、当然ポーランドに罰金を課すと言ってきただろう。それが、今回はそうではなく、むしろ「この件に関してポーランドに罰金を課すつもりはない」と最初から明言していた。その背景にはグラボフスカ教授の述べているような、欧州委員会側の落ち度があったことを認識していたからかもしれない。

禁輸政策とその後
 ポーランド政府は禁輸決定の3日後には、ポーランド国内をウクライナの農産物が通過することは許可した(開始は21日から)。これは、ウクライナからの農産物がポーランドに余すことなくすべて国外に輸送されることが確認できる制度を導入できることになったからだと政府は説明した。
 そして、19日夜にはブリュッセルでEUとポーランドをはじめとするウクライナ隣接国との協議が始まった。まだ合意には至っていないが、EUからいくつかの提案が出された。1)農業支援策として1億ユーロの補助金を出す。2)小麦、トウモロコシ、ヒマワリ、菜種に関しては緊急措置をとる。3)EUは関連する農産物に関して市場の混乱が起きているか、是正する必要があるかを調査する用意がある。その是正策として関税の再導入なども検討するが、それは調査後に決定する。現時点では予防措置としてポーランドとウクライナの間で合意に至った内容(農産物の禁輸、経由は許可)をEUレベルで導入する措置をとる。有効期限は6月末。ポーランドとウクライナの協定は農産物の全品目に適用されているが、欧州委員会は穀物4品目にしか言及していない。
 EUは以上の条件でポーランド他4カ国が一方的な禁輸を中止することを求めている。禁輸は部分的に認めるが、認められる農産物の品目がどれだけになるか、また、農産物市場の調査方法と判断基準が今後の争点になると思われる。

画像はRzeczpospolitaより


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