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ロシアのウクライナ侵攻で見えた現実

ロシアはウクライナ侵攻では、容易くキエフを陥落し、短期戦で勝利をおさめる読みだったのだろう。だが、そうはいかず、すでに10日以上経った今でもキエフ陥落は達成できていない。ドネツクとルガンスクを手に入れることは予測してもウクライナ全土を戦火に巻き込むことになろうとは、ほとんどの人が思っていなかったのではないだろうか。ロシアの攻撃が始まり、一部の国を除く全世界がプーチン大統領に対抗するまでに発展した。
ウクライナ侵攻の目的は何だったのか。そしてなぜ今、侵攻に至ったのか。この戦争により思いがけず、これまで隠れ蓑に隠されていた各国の本音が見えてきた。そういうなかで、今後、世界はどう変わっていくのだろうか。

プーチンの戦争目的とは?
 2014年のクリミア戦争と同様にドネツクとルガンスクを戦争に巻き込む可能性はあるものの、ウクライナ全土への攻撃に至ると予測していた専門家は少ないのではないだろうか。なぜなら対ウクライナ戦に持ち込むことでのロシアのリスクがあまりにも大きいと思われたからだ。そのため「プーチンは発狂した」「精神的な問題を抱えている」などと騒がれた。確かにあのような冷酷な決定を下すプーチンは、精神に問題があるのかもしれない。だが、制裁に対する準備、時期を狙った侵攻計画などを見るに、狂って思いつきで始めた戦争ではないことは確かだ。ではその目的は何か?
 これについては多くの意見が飛び交った。プーチン自らが言うように、ドネツクとルガンスクの対ロシア人差別から守る、ウクライナの非ナチズム化、非武装中立化なのか。NATOの東方拡大に反対してなのか。ロシアの領土拡大を図ったのか。どれが正しいのか誰も断言することはできないだろう。
 ドネツクとルガンスクは親ロシア派が多く住む地域で、ウクライナ人との対立があったことは確かだろう。その程度については検証されるべきだと思うが、それがウクライナ全土への侵攻の理由とするには無理がある。非ナチズム化、非武装中立化についてもウクライナ侵攻の理由としてあげるには弱すぎる。
 NATOの東方拡大については、確かにロシアは脅威を感じているだろう。1991年にソ連が崩壊し、ワルシャワ条約機構が廃止された後、文書化はされていないもののNATOは東方拡大を行わないという口約束が交わされたため、それを破り続けているNATOに対しての怒りが今回の戦争のきっかけとなったという説もある。大統領就任当初から強いロシアをプーチンは常に目指してきた。ロシアは経済で世界の強国となるのは難しく、旧ソ連と同じ国境まで領土を拡大することで世界の強国となろうとしたのではないか。ここで明らかなのは、ソ連から独立した国々は未だプーチンにとっては「主権国家」でも「独立国」でもないロシアの属国という扱いだということだ。

なぜ今?
 では、なぜ今、侵攻することにしたのだろうか。2014年にクリミアを手に入れた後、ウクライナは急速に西側に傾向していった。プーチンには手遅れになる前に早急にウクライナを手に入れたいという焦りもあり、時期を狙っていたのだろう。
 ロシアにとって最大の収入源は天然ガスだ。ドイツのメルケル政権はノルドストリーム1さらにはノルドストリーム2の建設により、ロシアと蜜月関係を築いてきた。それと共に環境政策に力を入れることで、石炭など旧来のエネルギー源から再生可能エネルギー、自然エネルギーへの転換過程としてロシアからの天然ガス輸入量が増加し、EUの対露エネルギー依存度が急激に増した。また、ドイツは軍事費の削減も積極的に進めた。
 米国では強いアメリカを目指し、軍事力の強化、自国の利益を最優先させる政策をとっていたトランプから国内外での牽引力も弱く、強気の政策に出ないバイデンに政権交代した。
 さらに世界はコロナで経済的に疲弊しており、今後の経済立て直しが最優先課題という状態にあった。また、フランスでは大統領選、アメリカでは中間選挙を控えており、国民の反感を買うような思い切った政策に踏み切るのは難しい状況にあった。
 一方、ウクライナはまだEUにもNATOにも加盟しておらず、これまではロシアからの天然ガスパイプラインの通過国としての重要性があったが、ノルドストリーム1と開通間近のノルドストリーム2の建設により、西欧にとって存在感が薄くなっていた。
 こういった状況はすべてロシアにとっては好都合だった。だが、何よりもプーチンにとって決め手となったのは中国の存在だろう。ロシアがウクライナに侵攻すれば、多くの国が制裁をかけてくるのは明らかだ。そのための準備をプーチンは入念にしていたに違いない。2019年に中露ガスパイプライン「シベリアの力」を開通させ、西側からの制裁を受けても、経済的な保障を中国から得る約束を交わしたのではないだろうか。中国のバックアップなしに制裁を覚悟でウクライナ侵攻に踏み切るのは不可能だったと思われる。
 これらすべての条件が揃ったこと、さらにプーチンの年齢を考えると、これが彼にとってはウクライナを手に入れる最後のチャンスだったのだろう。

ロシアの誤算
 ロシアは開戦後72時間以内にキエフを陥落できる目論みだった。だが、そうはいかなかった。意外にも戦争は難航し、10日以上経った今でもキエフを陥落できていない。それどころか、キエフ以外の都市を陥落させるのにも苦労している状態だ。
 これは明らかにプーチンの読みが甘かったからだと言える。2014年のクリミア戦争の経験から、今回も電撃戦で簡単に片付くと思っていたのだろう。一方、ウクライナはこの8年間にクリミア戦争の経験を活かし軍事力を強化し、ロシアの戦略を研究し対抗する力もつけていた。
 だが、ウクライナがここまでロシアに対抗できている大きな理由の一つは、この戦争に対する士気だろう。ウクライナにとっては自国の存続を賭けた戦いなのに対し、ロシアはウクライナ軍をみくびっていたのか、軍のモチベーションを高める準備ができていなかった。軍事演習だと言われて来た兵士もいたという。
 ウクライナとロシアは1991年までは1つの国で、互いの国に家族や親戚がいる者も多い。それだけに自分の家族や友人がいる国と戦うには、戦わなくてはならない納得のいく理由がないと難しい。それをプーチンは見誤っていたのか。年々独裁性を増していたプーチンは側近にも恐れられる存在で、真実や堅実な意見をプーチンには誰も言えない状況ができていたことも考えられる。その後の戦況を見ても、事実がどこまでプーチンに伝わっているのか専門家の視点からも疑問に思える言動が多いと言う。その点ではヒトラーの末期と非常に類似する。
 日本では勝ち目もなさそうな大国ロシアとどうしてウクライナは戦うのか、という意見も目にするが、ポーランドではそのような意見はない。ロシアの支配下に置かれること、独立を失うことの悲惨さを知る人々には戦わないという選択肢はないのだ。戦わないことは降伏してロシアの支配下に置かれること。降伏しても殺されるかもしれない。あるいは惨めな人生を送ることになるかもしれない。それだったら国の独立を維持するために戦う方がいいという考えは理解できる。ロシア侵攻から1週間後、8割以上のウクライナ兵がこの戦争に勝利すると考えていたという。その希望と力が未だにウクライナがロシアに屈していない理由だとも言える。
 プーチンの2つ目の誤算は、世界中がロシアに対抗してきたことだ。制裁は覚悟していたものの、ここまで強い制裁を一部の国を除く全世界から受けることになろうとは思ってなかったに違いない。さらに、親交国であるカザフスタンが軍事協力を断ることも予想外だったのではないか。ロシア南部、バルト三国、旧共産圏諸国には、明日は我が身という意識がある。それがロシアを孤立させた。
 3つ目の誤算は国内の反対運動だ。これまでにない大規模な反対運動がモスクワだけでなくロシアの各地で起きた。プーチンにとって最も怖いのはこういった国民の反対を真っ向から受けることだろう。それを恐れてこれまで思想統制とプロパガンダ、情報統制に努めてきた。全世界でウクライナのことが報じられながらも、ウクライナで何が起きているかを全く知らないロシア市民が多いことに、ロシア国外に住むロシア人も愕然としている。強い情報統制、プロパガンダの下でもあれだけの大規模運動が起きたのは、プーチンにとっては驚愕とともに脅威で、だからこそ反政府派の大規模制圧、外部からの情報遮断にかかったのだろう。それは一定の効果を生み、国内には「Z」のマークをつけた親プーチン派が増加している。
 
今後戦況はどう動く?
 誰もが早期終戦を望むなか、今後この戦争が終結する可能性はあるのか。また、あるとしたらどういう状況になれば終結できるのか、誰もが抱く疑問だろう。これまではウクライナもロシアも一歩も譲る気がなく、話し合いは繰り返されているものの、平行線を辿ってきた。
 終戦への可能性はいくつか考えられる。最も理想的なものとしては、全世界からの制裁を受け、経済的にも国際的信頼でも大きな打撃を受けたロシアの状況をこれ以上悪化させないために、プーチンがゼレンスキーに話し合いを求め(ゼレンスキーはすでにプーチンが直接話し合いに応じるよう求めている)建設的な解決の糸口を見つけること。誰もがこれを願っているに違いない。その解決の糸口となるのが、親ロシア派が多いドネツク、ルガンスクそしてすでに事実上ロシアが併合しているクリミアを正式にロシア領とウクライナは認めることで調整を図ることかもしれない。ロシアが何も得ることなく終戦に持っていくことはおそらくあり得ないので、損失を最低限に抑えるという意味では有効かもしれない。
 次の可能性としては、プーチンの暗殺。ヒトラーの時もそうであったように、指導者の行動が極度にエスカレートし、非人道的になったとき、これまでの腹心の部下による謀反または暗殺が起こりやすくなる。西側ではオリガルヒがプーチンの首に賞金をかけたとのニュースも報じられているため、プーチンはかなり警戒しているに違いない。
 もう一つの可能性としては、先にも述べた市民の反政府運動が制圧しきれないほどに拡大し停戦せざるを得ない状態になる、あるいはプーチン政権崩壊に追い込まれること。ウクライナ側が捕虜になったロシア兵に祖国の両親と連絡を取る機会を与えたり、戦争で死亡したロシア兵の遺体を家族に返すといった行為は、現実を知らせこの戦争に対する反感をロシア兵の家族やその周辺の人に抱かせる狙いもあるだろう。
 外交的な可能性としては、中国またはドイツが仲介に入ること。前にも述べた通り、今回の戦争は中国の後ろ盾がなければ到底踏み切ることができなかった。そして、その中国との経済的依存関係は戦争後も続くはずだ。だとすると今、プーチンに最も影響力のある発言ができるのは中国だということになる。中国はこれまで各国が課してきたロシアへの制裁には反対するものの、完全にロシアを支持する姿勢は見せていない。ロシアを支持することで世界の大半を敵に回すことは中国も避けたい。現時点では様子を窺い、最も効果的な時にロシアに介入し、プーチンに停戦を求める可能性はある。それにより中国の国際的評価は高まり、それは一帯一路にも影響してくる。中国としては、ロシアの動向と国際評価を注視しつつ、それに応じて方向転換を図っていくつもりだろう。
 ドイツもロシアと親密な関係を維持したい国の一つだ。メルケルが作り上げたプーチンとの結束は固く、特にエネルギーにおいてはなんとロシアの天然ガスの55%がドイツに輸出されている(ロシアの天然ガスへの依存度が高いイタリアもSWIFT排除には反対姿勢を最初に示した)。各国がロシアのSWIFT排除を進めるなか、ドイツは最後まで反対し、最終的に部分的な排除を認めたもののノルドストリーム1は稼働し続け、その部分でのSWIFTは解除していない。ドイツはロシアと交渉し悲惨な戦争を終戦に導いたと見せることで、対EU諸国の体面も守りつつ、ロシアと水面下でうまく交渉していくのではないか。
 最悪の可能性としては、時間はかかったもののキエフを始めウクライナの大都市が陥落し、ウクライナは降伏またはウクライナ南東部の親ロシアはの多い地域、あるいはより広域のロシア併合を認める。それによりウクライナはロシアの衛星国になる、あるいは国土が大幅に縮小されることになるというもの。
 ただ、現時点でのペンタゴンからの情報では、対ウクライナ戦のために準備したロシアの陸軍はすべて出動し、予備軍はない状態だという。今後ロシアがシリアにいる軍をウクライナ戦に使用する可能性もあるようだが、ロシアが苦戦していることは間違いないようだ。ロシア軍の食料不足も深刻で、食料を求めて降参するロシア兵もいるようだ。だとするとロシアが今後ウクライナを完全制圧する可能性は低いように思える。
 戦況がどう動いたにせよ、ロシアだけでなくウクライナを支援する国にとってもこの戦争による打撃は大きい。ロシアは勝利しても敗北しても国際的な信用を失い、戦争に投じた膨大な軍事費から国の経済を立て直すのは困難な状況に陥るだろう。そしてこれまで以上に中国への依存度が大幅に拡大することも明らかだ。それを予測して早い段階で理性のある決断、戦争終結をプーチンには下して欲しいと願うばかりだ。

戦後の国際社会
 この戦争でどちらが勝利したにせよ、国際社会の構図はこれまでとは違ってくる。最初はそう期待してた。確かにいくつかの変化はあるだろう。だが、最近の動きを見るとこれまでと一転して長期にわたって大きく変わることはないのかもしれないという気がしてきた。国際的な問題、例えば各国のエネルギー政策や軍事政策にはそれなりの変化が見られるだろう。
 軍事政策については、もうすでに変化が現れている。ポーランド首相のモラヴィエツキはロシアのウクライナ侵攻が始まってすぐに軍事力をさらに強化することを発表した。ドイツも今回は軍事費を一時的に大幅に拡大することを発表している。ロシア政府は3月7日に「敵国リスト」まで発表し、EU加盟国、アメリカ、カナダ、日本などの主要国は全てこのリストに含まれていることを考えると、各国が軍事力の強化を図るのも当然の動きだと言える。
 エネルギー政策も今後変化をしていくことだろう。これまでEUはロシアに過度に依存したエネルギー政策をとってきた。その見直しに伴い近年EUが注力してきた環境政策も変わっていく可能性がある。事実、欧州委員会副議長でこれまで脱炭素を積極的に推進し石炭使用に反対してきたティメルマンスも「もうしばらく石炭使用にとどまり、その後すぐに再生可能エネルギーに転換したとしても、我々が気候政策に設定したパラメーターの範囲内にとどまる可能性はある」と述べ、石炭使用に寛容な対応に変化した。欧州委員会が2021年7月に発表したFit for 55(2030年の温室効果ガス削減目標である1990年比で少なくとも55%削減を達成するための政策パッケージ)についてもポーランドは停止を求める方向に動いている。ロシアへの過度のエネルギー依存を回避するためには、近年急速に進められていた環境政策を若干遅らせるのもやむを得ないという方向に今後は動いていくことも考えられる。
 ドイツが進めていたノルドストリーム2はどうなるか。現時点では停止しノルドストリーム2の会社倒産も伝えられた。これまでノルドストリーム2の建設にポーランドは強く反対してきた。その理由の一つがロシアからの天然ガス経由国であるウクライナを孤立させ、ロシアの脅威にさらすことになるからだった。ウクライナと同様に天然ガス経由国であるポーランドも危機感が強く、現政権(法と正義)になりロシアにもドイツのノルドストリームにも依存しない独自のエネルギー政策、ノルウェーからガスを輸入するバルティック・パイプ、LNG輸入のためのターミナル建設を進めてきた。
 ドイツはノルドストリーム2の開通によりロシアからの天然ガス供給のハブ国になる予定だった。この計画をここで頓挫させるだろうか。そうとは思えない。ドイツはノルドストリーム2の建設に多額の投資をしてきたが、それは将来的にそれに見合った利益が見込めたからに違いない。おそらくしばらくは様子を見て、世界の反露熱のほとぼりが冷めた頃に再開するのではないだろうか。
 各国の国際的な力関係と評価も当面は変わっていくだろう。ロシアは世界的な信用を大きく落とし、各国は警戒心をこれまで以上に強めることになる。ロシアを陰で支持した中国に対する評価も下がるに違いない。ロシアが落としたのは信用だけではない。今後は経済的にも大きく落ち込むだろう。ロシアの中国への依存度が大幅に高まることも予測される。
 EU内はどうか。加盟国が結束して対応しなくてはならない時に、ドイツ・イタリア・ハンガリー・キプロスが対露制裁に対して難色を示したことは非難され、記憶に残されるべきだろう。これまでEU内でもハンガリーとは協力関係にあったポーランドだが、今回のような局面においてハンガリーは自国の利益を何よりも最優先させることが明らかになった。ハンガリーは対露制裁をまったく行なっていない。今後はポーランドもハンガリーに対してより慎重になっていくだろう。
 ドイツがロシアに対して強い制裁をしたがらなかったことについて、ドイツは平和を望む国民性があり、それを政府が汲み取った政策という解釈もあるようだが、そうとは思えない。というのもロシアのウクライナ侵攻が現実のものとなったとき、在ドイツウクライナ大使が直接ドイツの官僚にウクライナ支援をお願いした。それに対し、ドイツ官僚から返ってきた言葉はNOで、その理由は「我々の評価では、あなた方ウクライナ人は数時間で終わるからだ。今、あなた方を助ける意味はない」だった。この言葉は多くの旧共産圏諸国にとっては衝撃で、もっと拡散されるべき発言だ。だが、残念ながらそうはなっていない。
 米国は早期にロシアのウクライナ侵攻を予測しながらも、ロシアに対しては及び腰で、強気の姿勢を見せられなかった。ここにもやはりウクライナを助けることにどれだけの意味があるか、という問いがあったからだろう。だから早々に米国は軍を送らないと宣言したのではないか。
 そう考えるとハンガリーの決定は冷酷で身勝手なように見えるが、この世界で生き残るには正しいやり方なのかもしれない。終戦が見えてくると今後について協議されるだろう。それがゼレンスキーとプーチン間で行われる可能性は低いように思える。むしろゼレンスキーは抜きで米中露独仏といった大国間で大まかな決定は下され、ウクライナはそれをのむ形の方があり得る。そうなると大国間の利害が優先される可能性は高い。そして、ウクライナがこれら大国のどの国にとっても独立した主権国家として扱われているとは言い難くなる。もどかしいがそれが現実で、ウクライナと同様の立場の国は決してナイーブになってはならない、時にはしたたかに対応することも必要なのだと、今回もまた示されたような気がする。

写真はWprostより

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