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ここまで変わった。私たちを救う、乳がん最新治療  新見正則

卵巣を摘出することで小さくなる乳がんがある?

女性は、一生のうちに女性ホルモンの分泌量が変化していきます。エストロゲンと呼ばれる女性ホルモンは月経の周期で増減し、女性の身体にさまざまな影響を与えます。その影響のひとつに、「乳がんになりやすくなるリスク」も含まれていることがわかっています。なんと、エストロゲンが大量に分泌される期間が長いと、乳がんになりやすいというのです。

1895年、そのエストロゲンの大量分泌を抑え、乳がんを小さくするために、卵巣を摘出するというのが一般的に行われていました。なんと、卵巣を摘出すると乳がんが小さくなることがわかっていたからです。しかし、医療の進化した現在では、薬を使うことによって、卵巣を取り除いた時と同じ効果を得られるようになっています。その薬剤を使えば、卵巣から放出されるエストロゲンを抑えることができ、7割以上を占める乳がんが治療の効果を得られることもわかっており、人工的に閉経した状態を作り出すことで抗がん作用を得ることができるのです。この治療を大きく「ホルモン治療」と呼びます。

閉経後にエストロゲンを抑えたいときも同じく薬剤を使えば、抗がん作用を得ることが可能になります。閉経すると、女性の身体は不思議なもので、脂肪細胞からエストロゲンが合成されるようになり、その脂肪細胞から放出されるエストロゲンを「アロマターゼ阻害薬」をいう薬を使って、抑え込むことで同じ効果を得ることができるのです。

乳がんになって、さらに卵巣を摘出していた時代から考えれば、薬剤の投与で抗がん作用を得られるのは、大きな進歩と言っても過言ではないと言えるでしょう。

ハーセプチンの登場、分子標的治療の幕開け

 1998年、この年にがん治療に新たな治療の幕が上がりました。「HER2」というタンパク質に対する抗体である「ハーセプチン」がアメリカで登場したのです。

乳がんの約2割には、HER2ががん細胞の表面にしっかりと確認されます。1998年以前、乳がん細胞にHER2が発現されること=予後が不良であることを予測する因子となっていました。なぜなら、HER2の抗体となるものが発見されていなかったからです。しかし、このハーセプチンの登場により、HER2陽性の場合の治療ができるようになっただけでなく、むしろHER2が陽性とでた乳がんの予後は劇的に改善していったのです。それと同時に、分子標的治療も前進していきました。

 このHER2は、胃がんにも発現されることがあり、その場合にもハーセプチンが有効に作用することも発見されました。つまり、当時考えられていた「乳がんならこの治療、胃がんならこの治療」というような治療方法から「HER2が陽性ならハーセプチン」というように、臓器とは関係なし治療が行えるようになったのです。

進行度にあわせた治療からそれぞれの特徴にあわせた治療へ

 みなさんは、がん治療に対してどんなイメージをもっていますか?がんの進行度合いによって治療の方法が変わってくるというイメージをもっている方も多いと思います。かつては乳がんも、ステージ(進行度)によって、抗がん剤の使用や手術して経過観察をするなど、それぞれのステージにあった治療方法をしていくという時代がありました。

 ところが、ホルモン療法が有効であるという歴史的事実とハーセプチン(抗HER2薬)の登場により、乳がんの治療方法の選択は、また一歩、前進しました。ステージ別にあわせた治療から乳がん細胞のもつ特徴別(サブタイプ)にあわせ、それぞれ治療することができるようになったのです。

抗がん剤治療が自分にあうかどうか、遺伝子レベルでわかる時代に

 そしてさらに、時代はサブタイプにあわせた治療から遺伝子検査を活用した治療へと変化を遂げていきます。以前は、ホルモン治療に従来型の抗がん剤をどこまで追加するのか、していいのかの指針として使用されていたのは、「Ki67」と呼ばれるがんの悪性度を測定できるタンパク質の染色検査でした。そこに登場したのが、遺伝子レベルで異常をチェックすることのできる「オンコタイプDX」と呼ばれる検査です。

 オンコタイプDXは、21個の遺伝子を測定して、それらの数値からがん再発のスコアを計算することができます。そのスコア値が計算できるようになったことで、従来型の抗がん剤の使っていいのか、どれくらいまで投与できるのかの判断を下すことができるようになったのです。この決定の整合性は、大規模臨床試験によっても確認されています。

ホルモン治療もハーセプチン治療も効かない「トリプルネガティブ乳がん」

 乳がんのサブタイプは現状、ホルモン受容体があるか・ないか、HER2の出現があるか・ないか、の4つに分類されます。ホルモン受容体が陽性であればホルモン治療が有効で、HER2が陽性であればハーセプチン(抗HER2薬)が有効であることは、ここまで読んできてなんとなく理解できたのではないでしょうか。では、どちらも陰性の場合は、どうなるのかについても、少しお話したいと思います。

 ホルモン受容体もHER2も陰性の乳がんを「トリプルネガティブ乳がん」と呼びます。ホルモン受容体のエストロゲンとプロゲステロン、そしてHER2の3つが出現していない、という意味でトリプルネガティブと名付けられました。トリプルネガティブ乳がんにはこれまでと異なり、これが効くという薬剤は見つかっていません。なので現在は、他でも使われている従来型抗がん剤を使用することで治療を進めていきます。従来型抗がん剤とはそもそも、新陳代謝が早い細胞にダメージを加えるもので、悪性度の高いがん細胞には特に有効なのです。乳がん治療における従来型抗がん剤のエースは、アントラサイクリン系の抗がん剤とタキン系抗がん剤となっています。ともに、副作用として脱毛が現れますが、治療終了後は、必ず髪の毛は生えてきます。

トリプルネガティブ乳がんには、いろいろな乳がんが含まれています。今後、特殊な受容体やタンパク質が判明され、それらに対応する薬剤が開発されていくことで、治療の方法や戦略が細分化されていくでしょう。ホルモン治療やハーセプチンを使った治療方法のような新たな治療が見つかる未来もそう遠くないかもしれません。

手術前に薬物療法をする方がよい?

 もし、薬物療法と手術、どちらも行うとしたら、①手術前に薬物療法をするのと、②手術後に薬物療法をするのと、どちらがより効果的なのか知っていますか。昔は、手術後にがん組織を顕微鏡で調べて、その後の薬物療法や放射線療法をどうするのか、決めていました。ところが、大規模臨床試験によって、手術前に薬物療法を行っても、手術後に行っても結果に差がないことが判明されたのです。

 それだけでなく、術前薬物療法を行うと手術後に乳がんが残っていない状態になる患者さんが少なくないことも判明しました。この状態のことを「病理学的完全奏功」と呼びます。さらに、「病理学的完全奏功」が得られた患者さんは、予後も良好ということがわかっており、今は「術前薬物療法」の時代となっているのです。近い将来「病理学的完全奏功」が手術をせずにできる時代になれば、外科治療が不要となる可能性があるかもしれません。

乳房再建術の登場で、全切除が主流に

 前回のマガジンで、乳房も大胸筋もリンパ節も、広範囲に取り除く手術と乳房だけ取り除く手術に差がないと判明したことをお話ししました。その後、新たな発見として、乳房を残して腫瘍だけを取り除いても、手術後の残存乳房に放射線治療を行えば、同じく差がでないことが分かったのです。つまり、乳がん摘出の手術で、胸を残すことができる時代になったのです。

 しかし、そうはいっても乳がんを摘出しているために、形に左右差が生じたり、乳首の向きや高さが異なってしまうという新たな壁が現れてしまいます。それだけでなく、手術後の放射線治療によって、乳房の発汗障害や皮膚硬化が残ってしまうのです。

そうした問題から近年では、いっそのこと乳房を全摘出して、再建したほうがベターだという風潮が広まってきました。乳房部分切除の時代から、全切除と再建の時代になった今、なかには全切除をした後に再建をしないという患者さんもおられます。乳房の再建が可能となった今、患者さんの意思でどうしていくのか、自分で選択できる時代へと変わってきたのです。

さて、今回は乳がんのなかでも、その治療方法について詳しくお話してきました。次回のマガジンでは、免疫力でがんを治療する方法と免疫力をあげるためにできること、超初期段階で乳がんを発見できる将来の治療方法について紹介したいと思います。

次回の更新をお楽しみに。


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