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肉体が若返っていく謎めいた女に溺れた男映画『飛ぶ夢をしばらく見ない』(1990年、須川栄三監督)レビュー


 『飛ぶ夢をしばらく見ない』(1990年)は山田太一さんの同名小説を映画化した官能ロマンス作品です。突然肉体が若返っていく謎めいた女性と、彼女に翻弄される中年男性の約一年間の短い恋が描かれます。

 ちなみに『異人たちとの夏』『遠くの声を捜して』『飛ぶ夢をしばらく見ない』の三作を山田太一さんのファンタジー三部作と呼ぶそうです。メガホンを取るのは『螢川』の須川栄三監督です。突然肉体が若返っていく謎めいたヒロイン・睦子役を石田えりさんが、睦子に翻弄される田浦修司役を細川俊之さんが演じています。

 『A PAUCITY OF FLYING DREAMS』の英題で、ベルリン国際映画祭やブリュッセル国際ファンタスティック映画祭などにも出品され、後者では受賞もしている作品なのですが、諸事情あってか、現在はDVDなどのセルも、ネット配信などもされていないようです。僕はこういう中年男のエロい妄想をそのまま映像化したような作品が大好きだったので、今でも隠れた名作だと思っています。DVDが再発売されるといいのになと思います。

 以下、ストーリーです(ネタバレを含みます)。

 骨折で入院中の主人公・田浦修司(細川俊之)は、病室の調整のため、一晩だけ女性と相部屋をできないかと病院に相談されます。列車事故で大量の患者が運び込まれることになり、病院のベッドが足りなくなっていたのです。相部屋をする女性もその事故によって骨折した女性だといい、衝立を入れることを条件に相部屋を了承してくれていると聞き、田浦は病院の提案を受け入れます。同部屋で寝ることになった骨折患者が睦子(石田えり)です。

 田浦は衝立を隔てて隣のベッドに横になりますが、彼女とすぐに衝立越しに話をするようになります。最初は挨拶程度の話をしていたのですが、やがて、二人はなぜか会話をエスカレートさせ、衝立越しにボイスセックスをし始めます。田浦はどこか男心をくすぐる彼女の話口調にすっかり惹かれていました。ところが、翌日、部屋を後にする際、衝立が外されると、彼女の姿に驚きます。彼女はなんと白髪混じりの老女だったのです。

 退院後はすっかり睦子のことを忘れていた田浦ですが、その睦子が再び田浦の前に姿を現します。再会した睦子を見て、田浦はさらに驚きました。病院で見た睦子と違い、睦子はなぜか若返っていて、40代の美しい淑女になっていたのです。不可解ではあれ、睦子の美しさに惹かれた田浦はそのまま睦子と体の関係を持ってしまいます。睦子は田浦に自分が肉体が若返る厄介な病気にかかっていることを打ちあけます。

 彼女のいう通り、会うたびに睦子は若返っていきました。20代、10代と若返る睦子を見ると、その度に田浦は困惑するのですが、一方で、彼女の若く美しい肉体に溺れるようになります。若返りは止まらず、やがて彼女はすっかりと幼女の姿になって田浦の前に現れます……。

 石田えりさんが、60代、40代、20代、10代と急激に若返っていく睦子をとてもうまく演じています。着物の似合う40代の睦子を説得力を持って演じたかと思うと、その後の瑞々しさ溢れる20代の睦子もとても魅力的に演じているのです。映画版に関しては、石田えりさんがヒロインでなければ、ここまでの名作にはならなかったのではと思います。

 現在、なぜDVD販売も、配信も行われていないのか、理由を調べてみたのですがわかりませんでした。これは僕の勝手な想像ですが、10代を過ぎ、乙女になってからも睦子と体の関係を持ち続ける物語の設定や、子供になった睦子の入浴シーンなどが、倫理上よろしくないということで見送られているのかもしれません。山田さんの原作では12歳の睦子を愛撫する性描写も出てきます。本作の中古DVDの値段は、そんな理由もあってか現在、3万円から6万円の高値で取引されています。

 僕はこの映画を中学生くらいの時にテレビのロードーショーで見ました。今でも強く記憶に残っている作品で、大好きな映画の一本です。映像は見れなくなってしまいましたが、原作も素晴らしいので、興味を持ったら、原作を手に入れてこの作品の世界観に触れてみてください。

(了)

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