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シン・ルーキー


 人工光の中で目が覚めた。
 非常に気持ちの悪い目覚めだ。喉は乾き、じっとりと汗をかいている。布団は乱れ、空気は淀んでいた。窓からは、宵とも朝とも分からない、交じり合った光がすりガラス越しに降り注いだ。

 時計はない。
 あとどれくらいで、朝が来るのだろう。
 着ている黒いスウェットが更に僕を憂鬱にさせる。まるで朝に拒まれている気分になる。自分で着たはずなのに。
 寝ていたはずなのに力はない、かと言って瞼を閉じる気にもなれず、ただただ横になっている。背中が湿っぽく、僕の身体が逃れられない何かで溶けてしまうようだ。

 先ほどまで見ていた夢を思い出そうとする。
 途端に靄がかかったように記憶が閉じる。自分の意思とは真逆に。
 何とも人の身体というものは不自由なものだろう。

 隣に誰かが立っていた気がする。
 白い、陽炎というのはおかしいだろうが、それは夏にみられるあの揺らめきでそこにいた。
 けど、隣の僕には何もできない。

 天井の白、仄暗く、影を落とすそれは夢の白とは全く違ったが、僕はどうにもそれに手を伸ばさずにはいられなかった。

ふと違和感を覚える。
 知っている部屋、僕のワンルームなのに。

ここはどこだ?

朝日はすぐそこまで来ていた。





白と黒は、透明なガラス越しに立っていた。
黒は何度も洗い着殺しかけのスウェットの上下に、裸足。黒いぼさぼさの髪を無造作に短髪に切りっぱなしていた。青白い不健康な顔だ。
白は耳がかかるほどの美しい艶やかな銀髪に、白いシャツ、白のスラックス、エナメルの靴まで真っ白だった。こちらも白面の顔をしている。

二人はガラス越しに見つめあう。
背丈は同じくらい。どちらかが見上げることも、見下ろすこともない。

白は二人を隔てるガラスの壁に手を当てる。黒のもとに行きたいのだろうか、表情は悲壮感の漂う、やるせないものだった。
黒は今の状況がよく分かっていない、不可解な面もちをしていた。しかし引き寄せられるように白の手に自分の掌を重ねた。

ガラス越しに伝わるぬくもりに、黒の血相が変わる。
初めて出会ったほとぼりであるかのように。
黒は目を閉じて、その温かさを感じていた。

端なく、ガラスの熱伝導がなくなり、冷やりとした感覚が黒の手を指した。
目を開くと、白は消えていた。
そして、白が立っていた場所には大きな闇が口を開いていた。

「行かないで」





 人工光の中で目が覚めた。
 非常に気持ちの悪い目覚めだ。喉は乾き、じっとりと汗をかいている。布団は乱れ、空気は淀んでいた。窓からは、宵とも朝とも分からない、交じり合った光がすりガラス越しに降り注いだ。

 時計はない。
 あとどれくらいで、朝が来るのだろう。
 着ている黒いスウェットが更に僕を憂鬱にさせる。まるで朝に拒まれている気分になる。自分で着たはずなのに。
 寝ていたはずなのに力はない、かと言って瞼を閉じる気にもなれず、ただただ横になっている。背中が湿っぽく、僕の身体が逃れられない何かで溶けてしまうようだ。

 先ほどまで見ていた夢を思い出そうとする。
 途端に靄がかかったように記憶が閉じる。自分の意思とは真逆に。
 何とも人の身体というものは不自由なものだろう。

 掌を見た。軽く握り、そして大きく広げる。汗をびっしょりかいているにもかかわらず、掌は不気味なほどに冷えていた。白い何かを見た気がした、また黒い何かをみた気がした。

 目のあたりが痛む片頭痛が僕を襲う。寒気が止まらない。
 背中が痛み、起き上がった。壁をみて、何も考えず、頭痛を抑え込む。

 ふと違和感を覚える。
 知っている部屋、僕のワンルームなのに。

ここはどこだ?

朝日はすぐそこまで来ていた。





石畳の上に黒は立っている。
相変わらずの裸足だったが、汚れた様子はない。
異国の街並み、カラフルな屋根に土壁。
空は吸い込まれそうな夜だ。だが、星ひとつなく、薄気味悪い大きな満月が輝いている。
月光は力強くしなやかに黒の横顔をくっきり映す。

空を見上げる黒。夜風が揃っていない黒の髪を靡かせる。
こうしてみると、月は黄色いイメージだが、違う。

これは、白だ。

そう思った途端に、月から白いシルエットが落ちてきた。
驚く暇もなく、白は重力に従順に落ちてくる。
手を伸ばすこともできず、白は黒の目の前をすり抜ける。
石畳はまたしても大きな闇が広がっている。

時がコマ送りになったように、ゆっくりと流れる。
この時ばかりは黒はブラウン管テレビの前でリモコンを抱え、お気に入りのビデオを一時停止し、ひと画面ずつ丁寧に目で追っている気分になった。
 白は目を開いていた。
 仰向けで落ちてきたのに、黒の目の前で首を捻りこちらを向く。

「言わないで」




 人工光の中で目が覚めた。
 非常に気持ちの悪い目覚めだ。喉は乾き、じっとりと汗をかいている。布団は乱れ、空気は淀んでいた。窓からは、宵とも朝とも分からない、交じり合った光がすりガラス越しに降り注いだ。

 時計はない。
 あとどれくらいで、朝が来るのだろう。
 着ている黒いスウェットが更に僕を憂鬱にさせる。まるで朝に拒まれている気分になる。自分で着たはずなのに。
 寝ていたはずなのに力はない、かと言って瞼を閉じる気にもなれず、ただただ横になっている。背中が湿っぽく、僕の身体が逃れられない何かで溶けてしまうようだ。

 先ほどまで見ていた夢を思い出そうとする。
 途端に靄がかかったように記憶が閉じる。自分の意思とは真逆に。
 何とも人の身体というものは不自由なものだろう。

「言わないで」

 月の眩すぎる光、白、石畳、白、夜風、そして白。

「言わないで」

 頭が割れるように痛い。
 白、白、白。

「言わないで」

 寝ようとする身体と、反響する何か。静と動。
 相反する何かが自分の中で暴れまわっている。

「言わないで」

 爪をガリガリと噛む。
 肉体の痛みよりも、何か、別の。

「言わないで」

 ふと違和感を覚える。
 知っている部屋、僕のワンルームなのに。

ここはどこだ?

朝日はすぐそこまで来ていた。





 町の中心。
 石畳が懐かしい、黒は踏みしめていた。
 狼藉たる月の光は、町にこの世のものとは思えない、尋常じゃない影を落とす。

 月の光は、白。

 黒が見上げると、白い姿が落ちてくる。
 白、白、白。

 黒は手を伸ばす。
 いつもの闇が、大きく地面に広がっている。

 そして、黒はまた、ブラウン管テレビの前に立つ。
 パラパラ漫画のように、連写した写真を一枚一枚見るように、黒は白の姿を追った。

 指先が白のシャツの袖に触れた。
 ぬくもりは感じなかった。

 白の顔がこちらに向く。

「羽ばたいて」

 羽ばたかないといけないのは、君の方じゃないか。





 人工光の中で目が覚めた。
 非常に気持ちの悪い目覚めだ。喉は乾き、じっとりと汗をかいている。布団は乱れ、空気は淀んでいた。窓からは、宵とも朝とも分からない、交じり合った光がすりガラス越しに降り注いだ。

 時計はない。
 あとどれくらいで、朝が来るのだろう。
 着ている黒いスウェットが更に僕を憂鬱にさせる。まるで朝に拒まれている気分になる。自分で着たはずなのに。
 寝ていたはずなのに力はない、かと言って瞼を閉じる気にもなれず、ただただ横になっている。背中が湿っぽく、僕の身体が逃れられない何かで溶けてしまうようだ。

 先ほどまで見ていた夢を思い出そうとする。
 途端に靄がかかったように記憶が閉じる。自分の意思とは真逆に。
 何とも人の身体というものは不自由なものだろう。

 ……あれ?

 白、白、白。
 背中が痛い。頭も、目も。

「羽ばたいて」

 白、白、白。

「羽ばたいて」

「羽ばたかないといけないのは、君の方じゃないか」

 意図せず口をついた言葉にぎょっとした。
 落ち着くため、深呼吸をして、ベッドサイドの窓に手をかける。

ふと違和感を覚える。
 知っている部屋、僕のワンルームなのに。

ここはどこだ?

朝日はすぐそこまで来ていた。





 町の中。
 黒は石畳を踏みしめていた。
 広場のようで、噴水が水を飽きずに動かしている。
 噴水の周りには、白とピンクが混じった薔薇の花が咲いていたが、盛りを過ぎたのかそれとも管理を怠ったのかしおれて花びらを落としていた。
 夜風に乗って花弁が黒の足元まで運ばれてくる。

 黒は空を見上げた。
 真っ白な、満月。

 白は落ちてきた。
 黒は一歩前へ踏み出す。

 落ちてきた白を、黒は掴む。
 真っ白なシャツを着た、薄い肩を掴む。

 いつかのように、真正面から白と目が合った。
 白は微笑んだ。
 ブラウン管テレビの前に引きずり出されることはなかった。

 白は、黒の腕を掴む。
 黒は前のめりになって、そのまま黒と共に大きな闇に吸い込まれていく。
 抱き合うようになった2人。

黒は深淵を見ていた。
白は夜空を見ていた。

「思い出して」

「いつか」




 人工光の中で目が覚めた。
 非常に気持ちの悪い目覚めだ。喉は乾き、じっとりと汗をかいている。布団は乱れ、空気は淀んでいた。窓からは、宵とも朝とも分からない、交じり合った光がすりガラス越しに降り注いだ。

 時計はない。
 あとどれくらいで、朝が来るのだろう。
 着ている黒いスウェットが更に僕を憂鬱にさせる。まるで朝に拒まれている気分になる。自分で着たはずなのに。
 寝ていたはずなのに力はない、かと言って瞼を閉じる気にもなれず、ただただ横になっている。背中が湿っぽく、僕の身体が逃れられない何かで溶けてしまうようだ。

 先ほどまで見ていた夢を思い出そうとする。
 途端に靄がかかったように記憶が閉じる。自分の意思とは真逆に。
 何とも人の身体というものは不自由なものだろう。

 腕をつかんだ。洗いすぎてごわごわとしたスウェットの感覚。
 何か知っている、ような気がした。
 そのまま掛け布団を掴み、胸のあたりまでかけ、寝る体制を整えた。

 天井の白、仄暗く、影を落とすそれは夢の白とは全く違ったが、僕はどうにもそれに手を伸ばさずにはいられなかった。

「思い出して」

ふと違和感を覚える。
 知っている部屋、僕のワンルームなのに。

ここはどこだ?

朝日はすぐそこまで来ていた。



 Fin.

オトノトショカンシリーズ

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