小説: 『ルビを振らなきゃ読めないのかい』

「星座が嫌いなの」

彼女が唐突につぶやいた。
それまで長いこと言葉もなしに上を見続けていたから、話しかけられたのか独り言だったのか僕にはよく分からなかった。

「どういうこと?」

やや遅れて僕は尋ねた。

「だって意味が分かんない。
 オリオン座なんてどっからどう見ても『砂時計座』じゃない?
 手も足も顔も見えないし、そもそも力持ちの狩人にしては線が細すぎるよ。」

「”線が細すぎ”ってのは言えてるね」

僕らには星と星をつなぐ線しか見えない。

「でも昔の人が想像した話が、星座の神話として僕らにまで伝わるって考えると素敵じゃない?」

「だから、それが嫌なの」

ため息をつきそうな物言いで、彼女は応えた。

「あれがオリオン座なんて勝手に言われても困るの。砂時計に見えた私がバカみたいじゃない」

「じゃあ、あれが『砂時計座』ならよかったのかい?」

「そうじゃないのよ」

少しためて、

「星座なんてあるから、誰かが恥をかくんだよ。
 大昔の会ったこともない人の妄想を、みんながみんな知っている方がおかしいの」

そう言い切ると彼女は満足したのか、再び無言で星を見始めた。

「君の言うことが少し分かった気がするよ」

得意げな沈黙が返ってくる。
続けて僕は言う。

「でもプラネタリウムで話すことじゃないんじゃない?」
「そういうとこが嫌いなの」

彼女はその日それ以降、ぱったりと話さなくなった。

こうして僕と楓の初デートは失敗に終わった。

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