小説: 『2人で孤独を感じに行こうよ』

ただ“歩く”ことに目的地は必要ないはずだ。
それでも、僕らは行くあてがないと玄関の扉を開けることも簡単にはできない。
顔を上げて、足に力を入れて、目を凝らして進むことに、それなりの理由と意味と何かしらのメリットを必要としてしまう。そのはずだ。
けれど、どうやら君にはそれが必要ない。

「 ”極相林” って知ってる?」

隣を歩く君は、よく急に質問してくる。
決してそれは、沈黙に耐えきれなくて、とか、僕を楽しませようと思って、とかそんな理由から始まる会話じゃないようで、ただ本当に話したくなったことを君は話し始めるのだ。
そもそも、会話を盛り上げたいのだとしたら、いつものことだけど、選ぶ話題を根本的に間違えている。
当然僕は “キョクソウリン” とやらを知らない。

「初めて聞いた。学校じゃ習わなかったと思うな。」

僕は歩いていたし、前を見ながら答えたけれど、横で君が自慢げな顔をしているのはなんとなく伝わってきた。

「そうでしょ。私もこの間初めて知ったんだ。
 この辺さ、木の高さが大体同じで、同じ種類の植物が多いでしょ?
 自然の淘汰が進んで、土地に合った木が生き残って安定した林のことを “極相林” って言うんだって。」

本か何かに書いてあった文章をそのまま覚えてきたみたいだ。
僕はそう思ったけれど、口に出すと君が拗ねるのは分かりきっている。
だから代わりにこう答えた。

「色んなものに名前が付いてるんだね。とても覚えきれないな。」

そうだねぇ、と君はのんびりと同意した。

「でも、全部じゃなくていいんだよ。気になったものだけで十分だし、忘れてもいいと思う。」

もっともなことを言う彼女に僕はつい感心して、返事を忘れてしまった。
そんな僕に怒るわけでもなく、不思議がるわけでもなく、君はただ同じペースで歩き続ける。
似たような木ばかりが続く景色の中で、土と小石と乾いた落ち葉が、僕らの靴に踏まれて軽く音を刻んでいく。
こんな時間が続いてくれれば僕は幸せだと言い切れる、そんな確信があった。

「僕は “極相林” になってもいいかもしれない。」

君と一緒なら、とはまだ僕には言い出せなかった。

「そうだね。悪くないかもしれない。」

君もそう言ってはにかんだ。
冷たい風で火照った頬を少しずつ冷やしながら、僕らはただ歩き続けた。

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