経済学者が、コロナ感染拡大抑止をとても重視していた件

日本がコロナウイルス流行の第一波を、西浦博先生の必殺技「接触八割削減」でいったん抑えたのはご存知でしょう。この対策は感染を抑止する代わり、日本経済に大きなダメージを与えるものでもあります。そのため第一波が一時的におさまると、西浦先生は感染症対策ばかり重視して経済をぼろぼろにしてしまったと批判する、恩知らずな人々が現れました。

こういわれると、西浦先生を敬愛する人々もカチンときますよね。そこで西浦ファンは、しばしばこう反論します。「西浦先生は、感染症の専門家だろ。経済については責任を負えないよ。政府が感染症対策と経済活動をどう両立させるか考えるべきだったんだろ」と。ようするに、政府が西浦先生からコロナ対策にはどのくらいの行動制限が必要かを聞き入れ、逆に経済学者からはその対策がどのくらい経済にダメージあるかを聞き入れて、ちょうどいいバランスをとる、みたいなイメージですね。

しかしこの時点で、じつは話が少しずれてしまっています。なんだか西浦先生の考えと、経済学者の考えは正面衝突するかのような構図ができあがってしまいましたが、じっさいには、必ずしもそんなことはないからです。

五月に、経済学者の小黒一正先生は、国際政治経済学者の関山健先生と共同で「新型コロナウイルス感染拡大からの「命も経済も守る出口戦略」」という提言を行いました。小黒先生たちは、次のように述べています。

経済活動の回復には、人々が安心して消費、教育、運動、レジャーなどの社会生活を送れるようになることが必要だ。(中略)人々も、感染の恐怖を抱えたままでは、全員がこうした社会活動を再開することはない。

小黒先生たちによると、コロナウイルスがひとたび蔓延すれば、自粛やロックダウンをしようがしまいが経済は停滞してしまいます。インフルエンザが流行ってるだけでも、感染したくない人は人ごみを避けますよね。インフルエンザの50倍~100倍といわれる致死率のコロナウイルスが流行していたら、外食や買い物を楽しむ人は当然減ります。よって感染拡大が抑えこまれ、人々が不安から解放されない限り、経済は復活しません。この話は、以下の記事でも触れましたから、興味ある方はお読みくださると幸いです。

Withコロナは、なぜ不況への道なのか。

よって、感染拡大を強力に抑止できる西浦先生の八割削減策は、小黒先生たちからしても、望むところだったのです。先述したように、この提言は五月、緊急事態宣言の発令中におこなわれましたが、なんと小黒先生たちは「当面、外出制限や通勤などの移動制限をさらに強化」しろとさえ述べました。

ただし、問題が一つあります。接触削減でいったん新規感染者をゼロにしても、完全に封じこめられたかはわかりません。隠れた無症状感染者からぶり返す危険は残りますし、渡航制限を解除すれば、海外から検疫を突破してウイルスが侵入してくる可能性もあります。最近でも、しばらく感染者を抑えこんでいた香港で、ふたたび感染拡大が生じました。コロナはしぶといから、徹底して封じこめたと思ってもいつ再燃するかわからないよ、という事態を、海外ではコロナとの共存なんて呼んでいるようです。日本ではしばしばまちがった意味で受けとられていますが……。このように、コロナが再燃するたびに接触削減策を何度も繰り返していたら、さすがに経済へのダメージが大きすぎます。

そこで小黒先生たちは、接触削減をしばらく継続しつつ、そのあいだに「『検査』(PCR 検査・抗原検査や抗体検査)を早急に拡大」して、再燃したら次は接触削減ではなく、大量検査と隔離で感染拡大を止めるべき、と提案しました。

我々が戦う敵はウイルスであり、「「命」を守るか、「経済」を守るか」という観念的な二項対立を続けていても、この問題を解決することはできない。

まずは人々の生活を国の補償で支えつつ、徹底的な接触削減をおこなうことで「命」を守り、そのあいだに大量検査体制を築いて、接触削減をせずとも感染拡大を防げるようにすれば「経済」も守れる。経済と命どっちを選ぶかなんて考えていてはだめだ、と小黒先生たちは述べています。

なんとしても避けなければならないのは、二項対立によって、政治による意思決定が遅れ、また、一貫性のない戦略が行われ、かけがえのない命を守ることができず、深刻な経済への打撃によって多くの人の仕事も奪われてしまうことである。

あれ?小黒先生たちが否定している「一貫性のない戦略」とは、感染拡大の防止を訴えながら観光振興を行ったりする、まさに今の日本がやっているような政策のことではないでしょうか。

(中略)中途半端な戦略で、ウイルスを適切に封じ込めることができず、外出制限や社会的距離などの対策を緩めた場合、(中略)第 2 波や第 3 波の感染拡大が発生し、その対策が 1 年半以上も継続する可能性もある。(中略)初期段階から徹底した「検査」と「隔離」を行い、できる限り早く経済を正常化する戦略を採用する方が、時間軸での経済的ダメージの合計は小さくなる可能性があろう。

半端な対策をしてるといつまでも経済停滞終わらんぞ、一時的には大きなダメージを受けても徹底した接触削減を行い、その間に大量検査体制を築いたほうが結局は安上がりだというわけですね。

小黒先生たちが述べているのは、西欧諸国が採用している方針に近いものです。西欧は激しい感染爆発に見舞われましたが、現在は大量検査により、ロックダウンをある程度解除しつつも新規感染者を抑えられる国が増えてきました。

イタリアとドイツの新規感染者は、すでに日本より少なくなっています(ただし、西欧諸国では大量検査と同時に大量の接触者追跡も行っているはずですが、小黒先生たちの案では追跡をする人員の増強に言及がないのはやや気になります)。

イタリア

ドイツ

さて、以下の記事によると、政府の諮問委員を務めている経済学者、小林慶一郎先生も、小黒先生の考えに賛同し、検査の増強を推しているそうです。

新型コロナの出口戦略「命も経済も守る出口戦略」や「V字回復プロジェクト」を提言

もちろん小林先生も、接触削減を全否定してはいません。緊急事態宣言が解除された6月のインタビューで、小林先生はこう述べています。

小林氏は今後の感染症対策について、「緊急事態宣言は非常に経済にとってコストが大きく、2-3回目を回避できるようにした方がいい」と助言している。感染第2波に伴う経済損失は推計で20兆-30兆円に上り、「戦後経験したことがない経済の悪化度合い」だという。

コロナ継続支援でベーシックインカム導入を-諮問委新メンバー小林氏

小林先生は、一度目の緊急事態宣言はしかたなかったが、早く大量検査体制を築いて、二度目や三度目はできるだけ避けてほしい…と主張しています。裏を返すと、どうしても感染抑制できなければ二度目もやるしかないということでしょう。小林先生はまた、しばらくは経済難が続くので、かりに緊急事態宣言を解除していても、国は支援金を出すべきだとも述べています。

また小林先生は、4月のインタビューではこう述べていました。

商品券の給付、外食や旅行への補助といった施策は全くダメと言い切れないが、慎重に考える必要がある。(中略)人と人との接触をともなうタイプの消費を増やすことは、感染リスクを高める。消費を無差別に喚起する政策は、直ちに取るべきべきではない。感染症が終息すれば、経済活動への制約を取り除き、景気拡大を目指した政策を実行できる。

go to キャンペーンは感染症が収まってからやれよ、ということでしょう。

小黒先生も小林先生も、西浦先生の接触八割削減を否定していません。ウイルスが蔓延すれば必ず経済は冷えこむので、はじめのうちは接触削減をしてでも感染拡大を封じこめるべきだというのが彼らの考えです。ただ、あまり接触削減を何度も繰り返すと日本経済がもたないから、早いうちに検査体制を築いて、接触削減なしでも感染者増を抑えられるようにするべき、と主張しているわけです。また二人とも、国民に補償を出すべきだとも述べていました。

小黒先生も小林先生も、しばしば「緊縮派」と呼ばれる経済学者です。つまり、国債は国の借金であり、必ず返さなくてはならないと考えているので、国がお金を出すのを渋ったり、増税したがったりする、どちらかといえばケチな方針をとる学者です(私は経済には無知なのですが、少なくともネットではよくそういわれています)。そんな彼らでさえ、いまのような危機的状況では、いったん経済を止めてでも感染抑止に注力し、困窮した人々には補償を出すべきと主張しているのです。

では、いま安倍政権が行っている政策は、いったい何なのでしょうか。感染を抑えきれぬまま観光を盛りたてようとし、緊急事態宣言も出さず検査も増強しない。政府の諮問委員である経済学者、小林先生の助言さえ無視している。これはいかなる学術的根拠にももとづかない、ただのでたらめということになります。安倍政権は素人考えで国をぐちゃぐちゃにいじくりまわし、経済も人命も、すべてをめちゃくちゃにしようとしているのではないでしょうか。

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