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言いたいことを可愛さとあざとさでラッピングして言語化できる人は強い。

僕にはマーケターの友人がいる。

彼は平日は人々の無意識の欲求を言語化される前に汲み取って形にする仕事している。

にも関わらず、プライベートでは恋人が言葉にしないあれこれを汲み取れずに破局をくりかえしていて、仕事ではできてもプライベートではできていない不器用な人間らしさが愛おしかった。

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だが、よく考えてみると
割と多くのカップルが破局する原因なんて、突き詰めたら「相手にどこまで汲み取って欲しいのか」の行き違いだ。
我々も、マーケターの友人のことを笑えない

「これくらいは言わなくても伝わるだろ」と「別の人間なんだから言葉にしてくれないと分からないよ」の行き違い。

恋人と交わすやり取りなんて、睦言よりも「言いたかったのに、言葉にできずに死んでいった言葉たち」の方が遥かに多いんだと思う。

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逆にモテる人は「言われなくても察する」能力が高いか、「できるだけ摩擦を起こさない丁寧さで言葉をコーティングして、してほしいことを伝える」が上手い人だと思う。

あとは、してほしいことを可愛さとあざとさでラッピングしつつしっかりと言語化できる人は強い。

正論を叩きつけるだけだと、心を閉ざしてしまう。

例えば、恋人の触れ方で少し丁寧にしてほしいと思っても、「下手だよ」と切り捨てるように伝えるだけだと、積み重なってセックスレスになってしまうように。

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かといって、
伝えたいことを伝えずに「自分が我慢すればいい」と思い込んでも、自分の中に不満は確実に蓄積する。

つまり、言葉を飲み込むことは、関係が破綻するまでの目盛りを一つ先に進める行為でしかない。

村上春樹は、言いたかった想いを飲み込むことを、「無形のゆで卵を丸呑みするような気持ち」と表現していた(気がする)。

それ一つで、致命的な問題になるわけではないけれど、飲み込む時の不快感が伴う。

なにより、いくつも飲み込み続けているうちに苦しくなってきて、「もう飲み込めないよ!!」と机をひっくり返して叫びたくなる。
蓄積してくると爆発する種類の不快さだ。

不満を溜め続けて、溜まったところで爆発する形で破綻する。1人の人と長く付き合えない人が別れるときに、割と共通していた

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ところで、
気持ちを伝えるのが上手い友人がいて、彼は嬉しいことがあると「大好き!」とにこにこ幸せそうに笑う。

コミュニケーション能力とは、分かり合えない人とわかりあう能力だけじゃない。

伝えたい意見を可愛いさでラッピングして伝える能力だ。
そしてそれは他のスキル同様、試して、繰り返して、伝え方を改善することを後天的に身につけられる。

こういう種類の能力ってどこで養われるのだろうか。

「20歳くらいまでの人生で、できている人を参考にしつつ試してみて自分なりの型を身につける。大学卒業時点でそれができてなさそうなら、今後もできない可能性が高いから落としている」と答えていた面接官がいた。

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でもさ、
ほんとはそういう面倒くさいこと話すよりも
猫になりたい願望や、窓辺にできた春の陽だまりでするお昼寝や、挽肉を多めに入れたミートソーススパゲティの美味しさを歌うように語って生きていきたいね。


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