![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/84488204/rectangle_large_type_2_700c533f1d5602f911ef7dad7cccd90c.png?width=800)
或る、出せなかった手紙
拝啓
もしよければ、
晩夏に聴く好きな音楽が知りたいです。
いつか読んだ本に、こう書いてありました。
「季節ごとに合う音楽は異なります。
休日のデートの朝に聴きたくなる音楽と、沈んだ寂しい夜に聴きたくなる音楽が変わるように。」
それを読んで、季節ごとに聴きたくなる音楽が数曲ずつあるとしたら、それを貴方と交換したいなと思ったのです。
**
ところで、
バイバイと君を乗せた電車がホームから去るまで見送った後に「これも話したかった」と、こぽこぽと泡が浮かび上がるように、浮かんでくる事があります。
少し前まで、思い出すたびに、「改札に入る前に、思い付いていれば」と後悔していました。
話そう思っていたことを、次会う日までに、いつのまにか忘れてしまって、永遠に掴めなくなるとなおさら。
そして内容は忘れているのに、「これを伝えたかった」という思いだけが残ることが寂しくて。
それに後悔という名前を付けるのだと思います。
けれど、最近は、こうして貴方とあって、その感性に触れるようになったから、日常のふとしたことを見た時に、「これを伝えたい」と、思いつくのだと思い至って。
それからは後悔が小さくなりました。
「美味しいもの、美しいもの、面白いものに出会った時、これを知ったら絶対喜ぶなという人が近くにいることを、幸せと呼びたい。」と書いた小説家がいました。
その言葉を裏返すならば、「伝えたい人がいるから、日常の伝えたい事が、その人と出会う前よりも解像度高く見える」ことがあるのだと思います。
山間に綺麗な夕陽をみたとき、元旦に送られた日の出を思い出して、写真に撮って送りたいと思ったり。
心を揺さぶる詩の1行に出会ったとき、詩集に付箋を貼って回し読みした冬を思い出して、付箋を取り出したり。
そんな、今までだったら何も感じずに、「風景」として見逃していたはずの何かに、
ふと立ち止まるきっかけになるとき、
貴方と過ごした時間の堆積が、日常の気づきを変えていることに、驚くのです。
まるで山脈からゆっくりと地下深層水が染み出すように。
気づきには時間がかかる事があるけれど、確かに何かが変わっているのです。
いつもありがとう。
愛しています。
線香花火を燃やした夜に。
敬具
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?